訃報

石田秀実さんのこと

先日、我が家の書架で本を探していて、探していたのとは違う1冊の本に目が止まった。『気・流れる身体』(平河出版社、1987年)という本だ。著者は石田秀実さん。私が学生時代、研究室の助手だった方である。出版された時期も、ちょうど私が大学院前期…

図らずも終刊

(2月28日付け「学年だより№40」より) 先週土曜日の新聞で、右のような訃報が目に止まった(ブログ用の注:2月22日河北新報の池田正穂氏訃報貼付。そこに、事件の概略も書かれているので、以下は記事にない点についての補足)。諸君は「第五福竜丸…

追悼マリス・ヤンソンス

11月30日に、指揮者マリス・ヤンソンスが死んだ。76歳。指揮者としては今からの10年間が円熟の時期だったのに。惜しい。 ただ1度、仙台でヤンソンス指揮の演奏会に行った時の話はかつて書いたことがある(→こちら)。ヤンソンスが曲とオーケストラ…

おい、そこが分岐点だよ

(12月12日付け「学年だより№30」より) (冒頭に12月6日付け河北新報コラム「河北春秋」貼付) 先週の水曜日、アフガニスタンで現地の人々の生活支援をしていた医師・中村哲氏が殺された。特別な地位を持っているわけでもない個人の死が、これほど…

話せば分かる、か?・・・中村哲氏を悼みつつ

医師の中村哲氏が殺された。今手元にないので何という文章だったか確かめられないが、高校現代文の教科書に、氏自身の文章が載っていて、私は中村哲という人物を知った。すごい人だと思った。医師だという共通点があるからかも知れないが、佐久総合病院の故…

人類初の宇宙遊泳

(10月21日付け「学年だより№23」より) 1969年7月20日、人類は初めて月面に降り立った。今年はそれから50年目に当たる。7~8月、私はそれにちなむ幾つかの特集番組を見た。いずれも人間が一つの限界を突破し、新しい領域に踏み込んだこと…

嗚呼、金田正一!・・・または宮城球場の思い出

一昨日、金田正一が死んだ。私がわざわざ書くほどのことでもない。どの新聞でも、2面、3面を使って大々的に報じていた。そりゃぁそうだろう。投手の起用方法がすっかり変わってしまったということもあって、400勝、5526投球回、4490奪三振など…

エリシュカの死

昨日の新聞(朝日・毎日)で、今月1日にラドミル・エリシュカが亡くなったことを知った。88歳。チェコの指揮者で、日本との関係では札幌交響楽団名誉指揮者。この人については、昨年の春に一文を書いたことがある(→こちら)。いま、何かを付け加えること…

野坂操寿と伊福部昭

8月28日の朝日新聞で、野坂操寿(恵子)氏の訃報を見つけた(他紙は翌日)。81歳。箏の演奏家である。私にとっては、伊福部昭の音楽の独奏者として有名。 木部与巴仁(きべ よはに)も『伊福部昭の音楽史』(春秋社、2014年)において、「1990…

満映の女性編集者

しばらく間が空いてしまった。また本の校正をしていたのである。ついに異例の5校。最善を目指すという編集者の執念に脱帽だ。この執念に私は救われた。この間にどれほど多くの問題点を発見し、訂正を重ねたことか。 今回は索引と注の番号合わせ、地図の修正…

宇宙と人の世・・・海部宣男氏を悼む

一昨日の新聞各紙に海部宣男氏の訃報が出た。どの新聞も、写真入りの比較的大きなものである。元国立天文台長、国際天文学連合会長、日本学士院賞受賞者となれば、そのような扱いにもなるだろう。文化勲章を取れなかったのは、75歳で死んだからであって、…

月面の懐中電灯・・・晝間輝夫氏を悼む

今朝、新聞を開いたら、晝間輝夫氏の訃報が目に入った。どうも最近は訃報に触れることが多い。いや、触れたくなるような訃報が多い。 先日のエル・システマと同じく、知る人ぞ知る超有名企業「浜松ホトニクス」の創業者である。朝日新聞は1段全てに近い大き…

ホセ・アントニオ・アブレウとエル・システマ

今朝、ウグイスが鳴いた。「ホーホケキョ」には至らず、「ケキョ」と一声鳴いただけだったのだが、間違いない、ウグイスの声だ。息子も、「あ、パパ、ウグイス鳴いたよ!!!!」と大騒ぎ。いいなぁ、この年中行事。 そう言えば、昨晩、我が家の駐車場にカエ…

何もかも間違い

今日は3月11日。東日本大震災から7年目である。我が家からの景色は更に変わった。南浜復興祈念公園の工事が急ピッチで進んでいる。すこし東に歩くと、北上川では堤防工事だ。マリーナとなる予定の場所付近では、何のためなのか、日曜日以外は連日くい打…

理想の研究書・・・礒山雅氏を惜しむ

先週土曜日の毎日新聞を裏から開いたら、礒山雅(いそやまただし)氏の訃報に目が止まった。71歳。え?まだ若いのに・・・。 国立音楽大学招聘教授でバッハ研究の権威だ。私がこの人のことを知ったのがいつかは記憶にないが、1985年に『バッハ=魂のエ…

寒中、長老の死を惜しむ

今日も石巻は−7.8℃まで下がった。日中は+0.8℃まで上がり、4日連続の真冬日ということにはならなかったようだが、石巻らしくなく寒い。寒いおかげで、先週の火曜日に積もった雪もなかなか溶けず、いまだに雪景色が広がっている。 我が家は、室内が約…

佐伯敏子さん逝く

今朝の朝日新聞で、今月3日に佐伯敏子さんが亡くなったことを知った。97歳。 広島の被爆者で、平和公園にある原爆供養塔の「墓守」を長く続けていた。この方については、かつて一文を書いたことがある(→こちら)。結局、その後お会いすることは出来なか…

中国民間交流の「生き字引」逝く

昨日、小澤玲子さんが亡くなったというメールを、ご家族の方からいただいた。おそらく87歳。4年前に初めてこの方にお会いしたときの話を、一度書いたことがある(→こちら)。「日中民間交流の「生き字引」」というのがその時のタイトルである。 私が自分…

宮城県最後の映画館主

そうそう、函館から戻って、その間にたまった新聞の整理をしていたら、8月20日付の「石巻かほく」で、清野太兵衛さんの大きな訃報を見付けた。いくら超ローカル紙とはいっても、1面の半分近い大きさの訃報というのは異例であろう。 清野さんとは、あのア…

ダンプ園長逝く

続ける予定だった函館の話は中断。 昨日、帰宅したら「ダンプ園長が死んだよ」と言われて驚いた。ダンプ園長とは、かつてユニークな教育実践で全国に名を馳せた石巻の未認可保育園「わらしこ保育園」の園長・高田敏幸氏である。亡くなったのは20日夕刻。享…

中村紘子

先月末、新聞で、26日に中村紘子が死んだことを知った。まだ72歳だったという。千代の富士に匹敵する驚きを持って訃報を読んだ。 戦後日本の第1世代として幼いうちから頭角を現した天才少女、美貌のピアニスト、教育者やエッセイストとしても一流・・・…

ニコラウス・アーノンクール(2)

音楽観の違いから、カラヤンによる大抜擢を断ったアーノンクールであるが、カラヤンに反感を持っていたということは全然ない。むしろ、彼もカラヤンを高く評価していた。次は、メルトルが引くアーノンクールの言葉。「私は彼にものすごく感嘆しました。(中…

ニコラウス・アーノンクール(1)

3月5日にニクラウス・アーノンクールが死んだ。オーストリア出身のチェリスト、指揮者、いやそれ以上に音楽学者。音楽学者としては非常に面白いが、音楽家として特別好きな人ではない。それでもせっかくの機会だからと探してみれば、出てくる出てくる。我…

単純を極める奥深さ

(学校で書いた駄文に手を加えたもの) 今月15日の毎日新聞で、辻谷政久という人の訃報を目にした。記事には、「家族経営の工場で40年以上にわたって陸上競技で使う砲丸を製作。1996年のアトランタオリンピックから3大会連続で、男子砲丸投げの全メ…

荒れ野の70年

統一ドイツの初代大統領、リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカーの訃報が新聞各紙に載ったのは、今月1日のことだった。94歳。 おそらくは他の多くの人と同じように、私も1985年5月8日、ドイツの敗戦40周年を記念した連邦議会における講演で、この…

私はやっぱり「海峡」だな

早いもので1ヶ月近くも前の話だが、高倉健が死んだ。2〜3日前に、菅原文太が死んで、「二大巨頭逝く」などという見出しもいくつか見たような気はするが、「二大巨頭」ということはない。違う個性を同列に論じられない、などという理屈っぽい話ではなく、…

フランス・ブリュッヘン

8月15日だったかの新聞で、フランス・ブリュッヘンが死んだことを知った。オランダ生まれのブロック・フレーテ(リコーダー)奏者・指揮者である。享年79歳。 なぜ、半月近くも前の訃報を今頃取り上げるかと言えば、その後、例によって、我が家にあるブ…

吉野弘

アバドの死が伝えられた21日は、吉野弘の訃報も流れた。ただし、こちらは亡くなったのが6日も前の15日で、87歳の誕生日の前日だった。実は、えっ?吉野弘ってまだ生きていたんだ、という驚きが大きかった。 山形出身である友人のお父さんが吉野弘(山…

クラウディオ・アバド

クラウディオ・アバドが亡くなった。80歳。1月21日の新聞で知ったが、夜のNHK7時のニュースでも報道された。日本のオーケストラの音楽監督をしたことがあるわけでもない(指揮台に立ったことさえない?)指揮者の訃報が、一般向けの夜のニュースで…

ネルソン・マンデラとアパルトヘイト

(12月13日付け学級通信より) 12月5日にネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領が死んだ(95歳)。10日に行われた追悼式典には、世界各国の要人を始め、数万人の人が集まったという。 南アフリカでは、かつて「アパルトヘイト」という悪名高き人…