11月30日に、指揮者マリス・ヤンソンスが死んだ。76歳。指揮者としては今からの10年間が円熟の時期だったのに。惜しい。
ただ1度、仙台でヤンソンス指揮の演奏会に行った時の話はかつて書いたことがある(→こちら)。ヤンソンスが曲とオーケストラの力を十分に信じ、尊重しようとしていることで、逆に音楽そのものが力を持つ、というような内容だ。その記事では、私がそう思っただけでなく、レニングラードフィルの演奏会プログラムにも同様の記述があったことに触れている。
さて、昨日の日曜日、私はDVDで持っている2012年にヤンソンスがバイエルン放送交響楽団と来日した時の演奏会の録画を見た。午前にベートーヴェンの「英雄」、夜に「運命」である。「当たり前のことを当たり前にする」という、平凡でありながら容易に極めることのできない道を、まっすぐに進んでいる感じがする名演である。改めてそう思った。
今回、ヤンソンスが死んだことによる訃報、関連記事は幾つか目にしたが、その中で、朝日新聞に載った編集委員・吉田純子氏による記事が、最も印象的だった。その中で、氏は、私が録画で見たのと同じ2012年の来日公演に触れ、「快い疾走感にあふれ、どこまでもおおらかだった。多少の傷を恐れることなく、個々の奏者の自主性を何より大切にしたいという首席指揮者の親心を見た」と評する。おそらく、私が思ったこととそう違いはするまい。
その音楽会評は、彼の指揮者としての姿へと普遍化される。「ひとりひとりに存分に己の歌を歌わせ、その先の調和に責任を持つ。指揮者とはそういうものであり、違いを尊ぶことが共生の本質なのだと演奏をもって世界に示した」と。そして、「野心やエゴとは無縁に、あらゆる世界の人々の心を、幸福な響きのもとに結び合わせてきた」と結ぶ。
確かに彼の音楽には「幸福な響き」があったかも知れない。だが、聴衆が求めていたのは、むしろ、もっとあくの強い個性であるかも知れない。そうであるとしたら、録音によってヤンソンスの演奏が長い命を得ることはないだろう。だが、音楽というのは、元々そういうものなのだ。音として響き、一瞬にして消えてしまう。だからこそ尊いのだ。
1986年の仙台の演奏会で、ヤンソンス+レニングラードフィルが演奏したのは、チャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」、ヴァイオリン協奏曲(独奏:石川静)、そして、ショスタコーヴィチの交響曲第5番だった。前半の2曲は印象希薄だが、ショスタコーヴィチは、特に第4楽章の硬質な緊張の高まりに圧倒されたことをよく憶えている。私の人生における幸せな音楽体験を代表するシーンのひとつであった。わずかに1度とは言え、そんな体験ができたことを幸せだと思う。合掌。