飯森範親氏に感服する

 日曜日も仙台だった。東北文化学園大学主催の第九コンサートである。事前に往復はがきで整理券を入手すれば無料だが、大学オケではない。飯森範親指揮の仙台フィル、独唱者もプロである。合唱だけは岩手・宮城のアマチュア合唱団寄せ集めであるが、仙台フィル主催の第九の演奏会だって同じだから、正にれっきとした第九の演奏会である。東日本大震災の年に始まった企画で、今回が7回目。必ずしも仙台でやっているわけではないらしい。仙台での前回の演奏会も私は行った(→その時の記事)。
 新聞広告で見た時には、第九だけの演奏会かと思ったが、会場で配られたプログラムによれば、ベートーヴェンが作ったいわゆる「第九」の前にモーツァルトの第九、いや、交響曲第9番が演奏されるという。演奏会ではめったに聴くことの出来ない曲である。もちろん私も初めて。指揮者・飯森氏が、山形交響楽団定期演奏会モーツァルトを継続的に取り上げ、今年、CDによる全集を出したことは私も知っていた。第九をそっちのけにして、急激に期待が高まった。
 モーツァルトベートーヴェンも本当に素晴らしい演奏だった。少し速めのテンポで、きびきびと音楽が進んでいく。と書けば、いかにも今はやりの古楽的アプローチによる演奏といった感じだが、必ずしもそんな感じでもない。
 モーツァルトはなんと13歳の時の作品である。その若々しさがそのままほとばしり出ているような感じがした。音楽を聴くことの快感!
 ベートーヴェンの第九は、毎年末に必ず演奏会があるので、田舎住まいながら、聴こうと思えば40回でも聴きに行けたはずだが、それによって特別感を失って足が遠のき、高校時代以降ライブで聴いた回数は20回に満たない。それでも20回近くは聴いている。指揮者も、ヘルベルト・ケーゲル、朝比奈隆ムスティスラフ・ロストロポーヴィチなど、そうそうたるメンバーだ。それでも、その中で、今回の演奏はもしかすると最上級の演奏だったのではないか?多少ティンパニの響きが過剰だと思った箇所はあったけれども、それによって響きが引き締まっていたのも確か。指揮者による統率感、それによって生み出された緊張感は抜群だった。オーケストラも合唱非常に上手。独唱者がイマイチ、ではあったが、独唱者の活躍する場面はさほど多くないので、ほとんど気にならなかった。今後、毎年一回このメンバーによる第九を聴きたい、と思ったほどである。
 飯森範親という指揮者の音楽に接するのは、5年前のマーラー「復活」に続き2回目である。その時は頭で演奏の質を評価しつつ、心はマーラーの俗臭に辟易して帰って来た、というような話を書いたことがある(→こちら)。今回は、隅から隅まで演奏に感心し、しかもそれはやはり指揮者の実力だ、とうならせられた。ドイツ音楽を得意とする指揮者として有名な方でもあるし、仙台フィルは来春から指揮者の首をすげ替えてドイツへの回帰を目指すと言うし、50代半ばという年齢も実にほどよいし、もっと仙台フィルで重用してくれればいいのに・・・。