2014-03-01から1ヶ月間の記事一覧

「船頭」は偉い・・・第三十五・八興丸を見て

今日、ついに我が家でウグイスが鳴いた。昨日は水仙も開花した。春は本番である。 さて昨日、3月27日の『水産経済新聞』に載った、八興漁業という会社が作った第三十五・八興丸(499トン)という新造船についての大きな記事を読んだ。八興漁業は、宮水…

春の気配

昨日の新聞に、教員の異動が載った。私の異動はない。4月から、宮水で5年目の生活が始まる。 さて、日中は20度近くまで気温が上がり、少し動いただけでも汗ばむほどなのに、ウグイスはまだ鳴かない。なんだか気象異変のようで不気味だとも思うし、単に寂…

佐村河内の検証記事・番組

今日もやっぱりウグイスは鳴かない。昨日の続きのような話。 3月13日に、「佐村河内守」報道に関する『毎日新聞』の検証記事を読んだ。16日には、NHKによる検証番組(「とっておきサンデー」)を見た。どちらも感心しなかった。どちらも、本当に自分…

事実を求める眼

ウグイスは今日も鳴かなかった。さて、3月12日(→こちら)の続きのような話である。 森達也『「自分の子どもが殺されても同じことが言えるのか」と叫ぶ人に訊きたい』(以下『訊きたい』と略)を読んだ後、続けて彼の『A3』(集英社インターナショナル…

ウグイスの異変、または「水産高校での3年間」

異変が起きている。我が家では、毎年決まって3月10日から12日の間にウグイスが鳴き始める。今日は3月20日。今年はまだ鳴き声を一度も耳にしない。既に1週間以上の遅れである。今年の冬が、例年と比べてどれほど寒かったのか知らないが、少々寒い日…

私の学問史(15)

高村光太郎の次に、電車読書の対象となったのは冼星海だった。冼星海もしくは抗日戦争期の中国についても、気が付けばそれなりの量の書物が手元にあった。読みながら、冼星海という相変わらず日本ではまったく無名の作曲家についても、自分が知っていること…

私の学問史(14)

事に向き合った時に、利害を超えた自分独自の判断を尊重するという「心学」系人間の思想は、「原因(動機)に生きる、結果(思想・評価)は知らない」という立場を生み、思想自体の解析を拒絶していることは既に述べた。しかし、それはあくまでも本人の意識…

私の学問史(13)

帰宅してから、北京で入手した様々な書籍に目を通し、冼星海が何者かが更に明瞭になってきた。しかし、周辺情報も含めて、私が持っていた知識なんてまだまだ微々たるものだった。もちろん、「論文」を書くことなど、思いもよらなかった。大学には大きなコン…

私の学問史(12)

1993年、私は夏休みに北京を訪ねようと思いたった。汪毓和という人に会って、冼星海を知るための文献について、直接尋ねてみようと思ったのである。『中国近現代音楽史』の「あとがき」には、汪毓和氏が中央音楽院音楽系の所属であることが書かれていた。…

私の学問史(11)

高校教員になってからは、教育実践レポートを書く機会が増えた。当時は、今と違って、教職員組合の加入率が高く、教育研究集会が年に何度も行われていた。先日アップした王陽明に関する一文を除くと、私が書いたものと言えば、校内外で頼まれた雑文と教育実…

『Nature』の査読、またはアシュケナージという老人

おかげさまで、ようやく復調。12日からは通常勤務に戻った。 まずは、理研の論文疑惑について。もう世の中でさんざんいろいろなことが言われているが、私はSTAP細胞の開発自体はとりあえず半分以上信じている。ウソをついても、再現実験をすれば簡単に…

「哲学」のない時代の哲学書

一昨日、久しぶりに(?)「哲学」ということに触れた。哲学科卒の哲学者崩れ(挫折者)があまり偉そうなことを言うのも申し訳ないが、これの普及・促進は、私の、教師として、社会人としてのライフワークみたいなものである。 私の語る「哲学」とは、一般に…

危険なのは右ではない、極左だ・・・震災3周年によせて

卒業式以来、ずっと体調が優れなかった。緊張の糸が切れたのだろう。逆に言えば、それ以前は、よほど肩に力の入った生活をしていたのだろうと思う。昨日は、遂に学校を休んだ。風邪気味に加え、腰痛が急激に悪化したのだ。今日は、高校入試の合否判定会議が…

「哲学」のない時代

3月2日の『河北新報』に「教員の破廉恥行為やまず(仙台)・・・市教委、防止策手詰まり 専門家「性教育を」」という記事が載った。あ〜あ、またか、と思う。仙台市限定の記事だが、おそらく県内全体でも似たり寄ったりであろう。 教員の問題行動を是認するわ…

美しき歴史都市・松阪

3月4日、みんなで英虞湾一周の遊覧船に乗った後、私は一人松阪に向かった。本当は、全員で松阪に行き、松阪牛を食べに行くグループと、私と一緒に「伊勢うどん」を食べて本居記念館や松阪城に行くグループに分かれる予定だったのだが、なんとなく、各自い…

伊勢神宮の森

3月3日、式年遷宮でブームとなっている伊勢神宮へ行った。平日だというのに、かなりの数の観光客で賑わっていた。私も15年ぶりくらいにはなるかも知れない。内宮の一部を除き、信じられないくらい記憶が希薄である。同行者も同じことを言っていたが、境…

船に流れる上質の時間

卒業式の翌日、3月2日から4日まで三重県に行っていた。3学年教員団による「卒業旅行」である。とにかく大変な思いをたくさんして生徒の卒業が実現したのだから、頭の切り替えも兼ねて、せめて2泊3日で旅行に行こうと、年度の初め、いや、前年度のうち…

私の学問史(10)

修士論文を提出した直後、私は5年ぶりで中国を訪ねた。1982年に西安で知り合った上海の人と、その後も手紙のやりとりが続いていたので、上海見物を兼ねて、一度会いに行ってみよう、と思ったのである。1982年には全く認められていなかった個人旅行…