船に流れる上質の時間



 卒業式の翌日、3月2日から4日まで三重県に行っていた。3学年教員団による「卒業旅行」である。とにかく大変な思いをたくさんして生徒の卒業が実現したのだから、頭の切り替えも兼ねて、せめて2泊3日で旅行に行こうと、年度の初め、いや、前年度のうちから言い合っていた。びっしりと埋め尽くされた年間予定表の隙間を探し、3月2〜4日なら取れるのではないか、という話になった。2泊3日となれば、やっぱり先生って暇なんだねぇ、と今でも言われるのかどうかは知らないが、3月3日(月)は1日の代休なので、休暇を取ったのは1日に過ぎない。それでも、いざ計画を進める段になると、いろいろと校務上の不都合が発生し、何度も挫折に追い込まれそうになった。とにかく、生徒を卒業まで持ち込むというのは本当に大変なことなので、このタイミングで1日の休暇さえ取れないというのは異常だ、いや、そもそもこういうことでもしないと頭の切り替えができず、次の仕事にかえって差し支えると、苦心惨憺しながら時間を確保し、15名中10名の参加で実現した、ということである。

 旅程は以下の通り。


2日)仙台港12:50〜(フェリー)〜

3日)10:30名古屋港・・・金城ふ頭10:59〜(あおなみ線)〜11:22名古屋11:50〜(近鉄特急)〜13:10伊勢市・・・伊勢神宮外宮〜(タクシー)〜内宮〜(タクシー)〜五十鈴川16:45〜(近鉄普通)〜17:35賢島

4日)賢島9:30〜(英虞湾クルーズ)〜10:20賢島10:30〜(近鉄特急)〜11:29松阪13:45〜(JR・快速みえ)〜14:00津14:27〜(バス)〜14:37津なぎさ町15:00〜(高速船)〜15:45中部国際空港16:55〜(ANA367)〜18:10仙台空港


 4日は、実質的に賢島で解散、中部国際空港集合だったので、上のように松阪に行ったのは私だけ。そのことはまた後で・・・。

 往路がフェリー利用となったのは、経費節約もあり、私の希望もあってのことである。かつて何度か書いたことがあるが、旅行は「線」であって「点」ではない。移動も含めた全てが旅行であるべきだし、そのためには移動の方法も吟味しなければならない。

 とにかくドタバタの毎日を過ごしてきて、のんびりするためにも、日常を非日常に切り替えるためにも、このフェリーは最高である。仙台発の時刻も名古屋着の時刻もベストだ。「きそ」という大型フェリーは15000トンもある上、横揺れ防止のフィンが付いており、今回など初日はずいぶんうねりもあったが、私くらい船に弱い人間でも酔うほどは揺れない。船内の空間は広く快適で、風呂もあり、安くてとびきり美味いレストランもあり、音楽の生演奏も映画もある。それでいて、仙台から名古屋までB寝台+2食でちょうど10000円にしかならない(厳密には朝食付きB寝台券が8500円、バイキングの夕食が2000円。しかし、チェックインの時に船内で使える500円クーポンがもらえるので、それを夕食の支払いに使って、結局合計1万円。B寝台の下に、2等という雑魚寝部屋があるので、それだと更に1000円か1500円安い)。新幹線でなら、仙台から東京まで行き着くことすらできない金額だ。これで上質な時間が得られて、移動もできるわけだから、本当に素晴らしい。「仙台→名古屋21時間半」などという看板を見て、「えっ!?20時間以上も船に乗るの?」「新幹線の6倍、飛行機の20倍じゃん!!」などと「旅行は点」の発想で文句を言い、食わず嫌いをするのは本当によくないのである。旅行はやっぱり「線」である。

 仙台〜名古屋を乗るのは3回目となるが、私が大好きなのは、相馬沖で名古屋から来た姉妹船とすれ違う時だ。大型客船同士が、汽笛を鳴らしながら、けっこう近い距離ですれ違う。相対速度は約80キロだ。相手の船が滑るように海の上を進んでいくように見える様子は、ほれぼれするほど美しい。

 午後のおやつ時にはロビーで、夜にはシアターで音楽の生演奏がある。いつも違う人が乗っている。今回は岩永倫明という音楽家で、ピアノも弾けば、サックスも吹き、更にはウィンドシンセサイザーという電子楽器を吹く。私は電子楽器は好きではないし、サックスもどこかのおじさんのだみ声を連想させる音色で、木管楽器の中では最も苦手な楽器であるが、それでもけっこう楽しめた。演奏者が音楽を心から楽しいと感じている様子がよく伝わってきたからだろう。

 人付き合いの悪い私は、食事時以外は一人でソファに座り、松阪に行くために持参した小林秀雄本居宣長』(全集第13巻)を狂ったように読んでいた。誰にも邪魔されない読書の時間は楽しい。

 夜が明けると、予想通りのいい天気だ。水平線に雲が多く、本当の日の出を見ることはできなかったが、海もなぎ、快適な風景を眺めることができた。こんな時に、イルカでも現れればいいのに、とは思ったが、さすがに実現しなかった。

 朝食時間に、ちょうど伊良湖岬の近くを通り、伊勢湾に入る。入港時を別にすると、最も陸地の近くを通る瞬間だ。伊良湖岬は、「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ」の椰子の実が流れ着いた場所だと聞いたことがある。南国的な、美しい場所である。三重県の鳥羽との間をフェリーが頻繁に往復していて、伊勢湾口を渡ることができる。私は、父の実家が伊勢なので、その船にもかつて2〜3度乗ったことがある。途中で神島という、三島由紀夫潮騒』(山口百恵三浦友和主演の映画で有名)の舞台になった島のそばを通る。神島は、今回のフェリーからもよく見えた。三島の小説というよりも、おとぎ話に出てきそうな小さく、素朴な島である。

 名古屋港に入る直前、名港西大橋の下をくぐる。これも見所だ。10年以上前、初めてこの船に乗った時、煙突が橋に激突するのではないかと、私は本気で心配し、冷や汗を流した。そんなことが起こるはずのない事がよく分かっている今回、冷静に観察していたが、煙突と橋の間は、どう見ても3メートルは離れていなかった。この巨大な船と橋にとって3メートルは正に「すれすれ」、微々たる距離である。

船は定刻に着いた。