絶滅危惧種「山岳部」



 週末、土曜日は一高山岳部の11月山行というのに付き添い、久しぶりで山に行っていた。もともとの計画では栗駒山のはずだったのだが、いざ実施が近づくと、この時期の1500mはなかなかコンディションが厳しくて手強そうだということが、生徒にも現顧問にも分かってきたらしく、里山・日帰りと一気にグレードダウンしての実施であった。その上、場所は大和町七つ森。7つのうちの4つを登るという計画で、昨年の12月山行とほとんど同じ内容というお粗末。天候に恵まれ、里山も紅葉の季節とあって、楽しく歩けはしたものの、少しヤル気に不安を感じた山行だった。

 ところで、今回は、最近「新入部員」が入ったというので、その子に会うことが私の付いて行った実質的な目的だった。「新入部員」K君は、なかなかの好青年であった。道中、きちんと地形図を意識しながら歩いているし、山に登るのが2回目とは思えないほど足取りもしっかりしていた。感心、感心。

 しかし、と言っては申し訳ないが、2年生である。山岳部に在籍できるのはあと半年余りしかない。部員が2名になったとはいえ、一高山岳部の置かれた「絶滅危惧種」としての危機的状況は、いささかも変化していない。

 日本の近代登山史(一般的なスポーツ登山を「近代登山」と言うのは、起源の定かでない「信仰登山」の長い歴史がその前にあるからである)を見ると、京都大学明治大学、慶応大学、早稲田大学といった、いわゆる名門大学がその隆盛を支えてきたことが分かる。登山をするには余裕が必要で、余裕のある家の子は、山にも行けるし、勉強もよくできたということかも知れないが、決してそんな単純なことではないような気がする。未知の場所について調べ、自然や自分と対話しながら、思索にふけりつつ黙々と歩き、その記録を整理するといった地味な作業は、知的水準の高い者だけが為し得る作業であり、だからこそ、名門大学でのみ登山活動は盛んになったに違いない。 

近年、中高年の山歩きは非常に盛んであるが、高校山岳部はどこも閑古鳥が鳴いていて、「絶滅危惧種」となっている。私は、最後まで山岳部が存続するのは、真に知的水準の高い、教養ある生徒のいる高校であると信じ、もしかするとそれは仙台一高ではないか、と思ってなどいたのだが、昨今の状況を見ていると、一高もたかだかその程度の存在に堕した、ということなのかと思う。たかが山登りかも知れないが、やはりそれは知的水準を象徴している(他の種目をバカにしているように読めたらごめんなさい)。

 生徒の親には、中高年の山歩きにはまっている人も多いはずだし、一高の1年生には、少し発憤して山岳部に入って欲しいなあ、改めてそんなことを思っている。