チケットの値段または神のモーツアルト



 3連休の最終日は、県民会館で行われた佐渡裕指揮、東京シティフィルの演奏会に行った。なにしろ今をときめく佐渡裕である。恐るべし、最も販売枚数が多いS席のチケットは11000円!。日本のオケ、日本人指揮者の演奏会としては破格であろう。しかも、わざわざ仙台だけに来たのならまだしも、東北方面へのコンサートツアーの一環である。

 当初、チラシを見ながら、高い演奏会だなあ、と驚いていた。紅白歌合戦のギャラは安いが、それに出ることで箔が付き、他の番組に出る時のギャラが跳ね上がるからそれでもいい、という話を聞いたことがある。佐渡は、「題名のない音楽会」にレギュラー出演するなどして知名度が非常に高い上、昨年ベルリンフィル定期演奏会に出演して「紅白効果」も生じた結果、需給関係という経済法則に従ってそのような料金設定になったのだろう。それでも、一昨日やはり仙台で行われたロッテルダムフィルの演奏会(私は行っていない)が最高で12000円だった(東芝による冠付きだったけど・・・)こととか、佐渡と同じくベルリンフィル定期演奏会に出演歴があり、文化勲章受章者であった朝比奈隆最晩年の大阪フィル東京定期演奏会(10年あまり昔)が最高で7000円だったことなど考えると、理不尽に高いという気がする(ちなみに、1996年に私が佐渡+日本フィルの演奏会に行った時は、下から2番目のB席が3000円だった)。主催者が音楽事務所ではなく、ミヤギテレビだったこともあり、芸術文化というのは単純に需給関係で値段が決まっていいものなのかな?と思う。もちろん、私はそんなチケットは買わない。まったく偶然、このチケットの発売日に仙台に出る用事があったので、発売開始から20分後に、希少な4000円のC席を確保することができた。これが買えなかったら、おそらく行っていない。・・・悔しいけど、満席であった。

 メインのプログラムは、ベートーベンの交響曲第7番であった。ものすごい速さで(ただし、楽譜に指定された反復は全て弾いた)、力任せに駆け抜けた、という感じがした。だが、そのようなやり方が許される曲である。今日の演奏が、佐渡でなければ出来ないという性質のものには思われなかった。「佐渡の演奏」ではなく、ベートーベンはやっぱりすごいなあ、格が違うとはこのことだ、と思いながら感動を持って聴いていた。

 その印象は、アンコールで一変した。佐渡は指揮台に上がらず、突然、モーツァルトのディベルティメント(K136のアレグロ)を演奏し始めた。いや、「演奏し始めた」という表現は正しくない。突然、モーツァルトのディベルティメントが流れ始めた、という表現が正しいだろう。なんという繊細、優美、軽やかに流れる音楽だろうか!目隠しされていたら、それがウィーンフィルによる演奏だと言われても納得しただろう。直前に演奏されたベートーベンが強烈なリズムの狂乱の音楽だったから、そのコントラストも鮮やかだった。まるで、モーツァルトを引き立てるための前座としてベートーベンが演奏されたかのようにさえ思われた。私のベートーベンに対する感動は一瞬に吹き飛び、たった5分のモーツァルトに支配されるようになってしまった。同時に、これが佐渡裕の実力だとしたら、正に恐るべきものだと舌を巻いたのであった。