オバマ大統領の不甲斐なさを恨む



 なんとかならないかなぁ、何か出来ることないかなぁ、と思いながら、イスラエルによるガザ攻撃のニュースを見ている。パレスチナ問題と私の関係については、かつて書いたことがある(→こちら。翌日に関連記事有り)。その時のタイトルは「オバマ氏の発言を熱烈に歓迎する」だ。2011年5月に、アメリカのオバマ大統領が、イスラエルは第3次中東戦争以前の支配領域まで撤退するように求めた、という報道に際して、共感と期待とを述べたものだ。第3次中東戦争以前、というのは、いささか分かりにくいが、おそらくは1949年〜1967年の停戦ライン、すなわち一般にイスラエルと言われている場所からガザとヨルダン川西岸地区を除く領域であると思われる。イスラエルの建国とその後の過剰防衛を不正と考える私にとって、このオバマ氏の要求は、ユダヤ人とアラブ人双方の言い分に耳を傾けつつ調和を目指す現実的な、もしくは現実的であるべきものに思われる。

 ところが、それが多少なりとも受け入れられたかと言えばそうではなく、むしろ事態はこれほどまでに悪化してしまった(今回の紛争は領土問題ではないが・・・)。それに対して、オバマ氏の毅然とした態度と厳しい発言が伝えられないことが、私には非常に不満だ。ノーベル賞受賞の理由となった核軍縮に向けての意志も、イスラエルの領土拡張への牽制も、ただ言いっ放し、そして、ただそれだけ、の感が強い。もちろん、大統領がいくらそんなことを言っても、アメリカの有力者の中には少なからぬユダヤ人富豪がおり、自分たちの利益によって影響力を行使しようとするわけだから、ユダヤ人に何かを納得させることが途方もない困難を伴うことは、実感できないまでも、一応分かる。だが、いやしくもアメリカの大統領である。「言いました、でも誰も聞いてくれないのでどうしようもありません」では済むまい。国務長官の今の動きなど、まったく迫力不足、切迫感を欠いている。

 報道を見ていて分かるとおり、ハマスイスラエルの戦争は、刀と鉄砲の戦いと同レベルである。そして、それによってアラブ人の多くの一般人が命も家も失い、苦しんでいる。最近、日本でも集団的自衛権の問題との関係で、「戦争をするしない」「戦争になるならない」ということが、しきりと話題になる。戦争は悲惨なのですべきではない。だが、そんなことは、戦争をしている当事者たちが最もよく分かっている。問題なのは、にもかかわらず、戦争を止められないという現実だ。同時に、ユダヤ人のような迫害の歴史を持つ者が、虐げられる人間の痛みを一切理解できないということも、人間の哀しい真実を物語っているだろう。

 全面的な世界戦争になることを恐れてか、周囲のアラブ人があまりにも静かであることも解せない。ただ、明白なのは、イスラエルのガザに対する攻撃があまりにも度を過ごしたものであり、そこで多くの一般人が犠牲となっていく様子を、このまま等閑視しているわけにはいかない、ということである。オバマ大統領の不甲斐なさを嘆きつつ、国際的なイスラエル批判の世論を盛り上げていかなければ・・・。