ウードとタブラの夜

 昨晩は、石巻のライブハウス、ラ・ストラーダにウードとタブラのセッションを聴きに行っていた。アラブの民族楽器でリュートの原型・ウードにしても、表現力豊かなインドの太鼓・タブラにしても、石巻、いや宮城で聴けるチャンスは非常に少ない。まして、元々違う文化圏の楽器であるウードとタブラのセッションというのは聴いたことがない。これは行かねば、と馳せ参じた。
 やって来たのは、私と同年代の演奏家・常味裕司(つねみゆうじ、ウード)さんと吉見征樹(よしみまさき、タブラ)さんである。予めライブハウスのオーナーには、「会場狭いんだし、民族楽器は音がデリケートだから、マイク使うの止めてよ」と言ってあったのだが、残念ながらマイク付きであった。それでも、あきらめが付かなかった私は、途中の休憩時間に、改めて、今度はオーナーだけではなく、常味さんにも、「1曲だけでいいから、マイクなしでやってもらえませんか?」とお願いしてみた。
 後半が始まったところで、願いは実現し、マイクなしのセッションが行われた。ウードについては全然問題なし。タブラについては、確かに響きが弱く、物足りないと感じる人もいるだろうな、と思った。が、それが本当の音なのである。やはり、マイク付きよりはるかに響きに膨らみと味わいがあって素晴らしい。
 オペラやギター(特に協奏曲)の演奏会などで、時々マイクを使うことがある。私はいつもがっかりだ。スピーカーを通すと、楽器の音というのはどうしてこんなに平板で色気がなくなるのだろう?といつも思う。私のような聴衆よりも、むしろ演奏家自身が不満を持つのが当然だと思うが、あまりそんな話は聞かない。昨晩も、常味さんは、すぐにリクエストに応えてはくれたものの、お約束の1曲が終わると、前半より多少音量を下げてくれはしたが、再びマイク使用に戻ってしまった。
 とは言え、演奏はとても素晴らしかった。チュニジアで修行をしたという常味さんだが、エジプトを中心に、チュニジアからトルコまでの曲を、2時間以上飽きさせることなく聴かせてくれた。終了後は、滅多に見られない楽器に興味津々の私たちに対し、吉見さんとともに懇切丁寧に説明し、多くの質問に答えてくださった。
 ところで、私はいま「私たち」と書いた。昨晩の演奏会の聴衆は、気の毒なことにたったの10名であった。私は、電車の都合などあって、開場5分前に着いた。間もなく妻が来た。そして間もなく、坂田先生が来た。そして開演間際、今度はスダマサキさんが来た。つまり、ラボ・トーク(→こちら)の主催者3人が全員そろった。事前に誘い合ったりは全然していない。それぞれが興味関心を感じた結果として、ラ・ストラーダに集結したのである。
 これはびっくりだ。10名の聴衆のうち、どうやら2名は仙台から来た様子だったので、地元石巻の人間は最大でも8名。うち4名がラボ関係者だということになる。これは、雑学カフェたるラボ・トークの本領発揮といった現象なのではあるまいか? そしてもちろん、最後まで会場に残り、演奏者に根掘り葉掘り質問し、楽器を触らせてもらっては無邪気に大はしゃぎしていたのもこの3人なのである。まるで会場を変えて「ラボ」しているみたい。
 そうそう、昨晩、オーナーはアラブ音楽の夜のために、トルコビール「エフェス」を準備してくれていた。私はトルコに3週間しか行ったことがないが、何しろ、厳格なイスラム国家イランで、1ヶ月間、アルコールを1滴も口にすることなく旅行していた後だったので、世界三大料理たるトルコ料理+トルコビール&ワインには感激した。日本やヨーロッパのビールとは少し風味の違うトルコビールを35年ぶりで口にして、そんな思い出も脳裏を駆け巡った。楽しい夜だった。