津波の教訓よりドイツの教訓



 参議院選挙が終わった。結果についての詳しい論評は差し控えるが、今日、勤務先で何人かの教員と、「これでますます学校は窮屈になるなぁ」などとため息をついていた。

 それから間もなく、私の向かいの席で昼食を摂っていたY嬢が、突然「平居先生、戦争をしないようにするためにはどうしたらいいんですか?」と聞いてきた。Y嬢が何を思ってこんなことを言い出したのかは分からないが、これが、タカ派と言われる安倍晋三総裁率いる自民党参議院選挙で圧勝したことに基づくとしたら、相当な悲観主義者である私でさえ、飛躍が大きすぎると思う。ともかく、その後に続く問答は、多少一般的性質を含むので書いておこう。

平「そんな方法ないね。」

Y「みんなで戦争に反対する団体作って大騒ぎするとかすればいいじゃないですかぁ!」

平「そんな団体、既に存在するさ。入るんだったら、『9条の会』あたりがいいと思うよ。だけど、戦争っていうのは、突然、さあ戦争やるぞ!って始まったりしないよ。そんな風に始まるなら誰だって反対できるかも知れない。だけど、いろいろなことの積み重ねとして、いよいよ戦争だとなった時には、もう戦争に反対することさえ出来ない社会体制が作られてしまっているものだと思うよ。戦前の治安維持法だってそうだけど、戦後の破壊活動防止法だって、いつどんな運用のされ方するか分からない。だけど、みんなそんなことは気にせず、暴力革命をどう取り締まるかだけを念頭に置いて成立させちゃった。

 こんなに、日本人全体が経済的な利益のことばかり考えて、選挙の争点が経済に偏っていたら、その裏でどんな悪いこと考えていたって、経済で成功したら政権は取れるのさ。私がよく言うことだけど、津波の教訓なんてどうでもいいことだ。人間にとって最大の教訓は、ナチスがなぜ政権を取れたか、ということさ。ヒトラーは軍事クーデターなんて起こしたりしていない。極めて民主的な方法で、圧倒的な議席数を獲得した。第1次世界大戦後の社会不安や、国民の共産主義に対する反感を上手く利用し、敗戦で疲弊したドイツから抜け出すための夢を与えた。これなんか、公務員か何かをうまく敵にしながら、自分をそれに立ち向かう正義の味方に見せて、人気を得ようとする今時の政治家とよく似ているよね。この時点では、ナチスはまだ経済政策で実際に成功していたわけではないけれど、選挙で勝利し、第1党となるや数々の素晴らしい経済政策によって、あっという間にドイツ経済を立て直した。その間、基本的人権の保障を撤廃し、思想弾圧、思想統制、そのためのテロリズム的な行動を取るようになっちゃう。それでも国民はあまり気にせず、ナチスを熱烈に支持した。こんな中で、ナチスヴェルサイユ条約を破って再軍備を始めても、ラインラントに武力進駐しても、もはや誰も止められない。既に厳しい思想統制が敷かれていたということもあるけど、もっと重要なのは、経済的繁栄に比べれば、どんなことでもたいした問題ではないという国民の意識だったと思うよ。

 今の日本人が当時のドイツ人より偉いなんて、私は全然思わない。正義よりも利益、自由と平等よりも経済的繁栄、ただそれだけさ。Yさんもそう思っているから、私にそんなこと聞いたんだろうけど、今の世の中で行われていることで、戦争に結び付きそうなことなんてたくさんある。目前の利益だけを考えている多くの人に、そんなこと考えろって言っても無駄、無駄。津波の教訓なんて語る暇あれば、20世紀前半のドイツや日本の歴史を勉強した方がよっぽど値打ちがあるんだけどね・・・。」

Y「え〜〜っ!なんだか暗いですね。平居先生、政治家になって何とかして下さいよ。私、選挙運動頑張りますから・・・。」

平「私が選挙で勝てるわけないだろ?私が立候補したら、資源と環境のために経済活動を半減させ、新しい幸福観の創出を目指す!なんていうのが公約になるんだし、世の中の人を動かすどころか、そもそも教室の生徒でさえ私の言うことなんか全然聞かないんだから・・・。」

Y「・・・・・・」