ティンジャン(ビルマ正月)



 先週の日曜日、私は日帰りで東京に行った。きっかけは友人である亡命申請中ビルマ人からの電話である。「4月9日はビルマのお正月で、在日ビルマ人がお祭りをします。私は、亡命申請が受け入れられなければオーストラリアに行くことになるでしょう。そうなるとなかなか会えなくなります。お祭り見物をかねて東京に来てもらえませんか?」とのことだった。友人にも会いたかったし、昨年彼が品川の入国管理局に身柄を拘束された時のことや、亡命申請に関わる様々な手続きと日本政府の対応についても知りたかったし、そして在日ビルマ人社会というのも見てみたかったので、好奇心満々で新幹線に乗った。

 ビルマ正月(ティンジャン)の会場は、北区の飛鳥山公園。今年で15回目とかいうこのイベントには、東京だけで8000人という在日ビルマ人を始め、主に政治的理由で故国に帰れなくなっている彼らを支援する日本人組織の人々、そしてただの野次馬(私は多分ここに入る)など、相当な数の人々が集まって一日中大騒ぎをしていた。ほとんどがオーバーステイ(ビザ切れの不法滞在)だという在日ビルマ人が、交番に隣接する野外ステージに集まり、「私達は日々日本の警察や入管を恐れながら生活していますが・・・」などと演説したりしている(ビルマ語に通訳が付く)のは不思議な光景だったが、ともかく、見るもの聞くもの珍しく、とても濃密な一日を過ごすことが出来た。

 彼が最近一人で住むようになったごく貧しいアパートも見せてもらい、いろいろな話を聞いていると、日本や世界の「ひずみ」とでも言うべきものがよく感じられてくる。そして、世の中の「ひずみ」は、彼らのような善良で弱い者の所に集まるのである。

 人を押しのけて自分だけはいい思いをしたい、生き残りたいという風潮の非常に強い昨今だが、そうして勝ち残った立場の強い人が、弱者のことを忘れる、若しくは無視するようなことがあれば、とても貧しいと言うべきだろう、と私は思う。私なども、社会全体の中ではおそらく強者に属するのであろうが、彼のような人が比較的身近にいて、社会の下層に沈殿する様々な問題に目を見開かせてくれるのはありがたいことである。同時に、それに対してほとんど何も出来ない無力感と、しようとしない自分の不甲斐なさもさんざん意識させられてつらくはあるのだけど・・・。