ドイツ訪問記 第六話(物の値段と肥満の話)



【物の値段】

 前回、ドイツ人の消費ということについて触れた。ここで思うのは、今回の旅行で最も驚いたことの一つである物価のことだ。

 運も悪かった。私達が訪ねた時期はユーロ高が進み、1ユーロ(以後Eと略記)は170円を突破寸前、160円台の後半をうろうろしていた。銀行等の両替所でお金を替える時には、1Eについて5円くらいの手数料がかかる(これ自体も高い!)ので、実際に両替する時のレートで考えると、1Eは172〜174円になった(以下は一応170円で換算)。

 物価は、とにかくめちゃくちゃに高い。日本と変わらないのは宿泊費くらいで、他は何もかも高い。日本に帰国した時に物価を安いと感じたのは初めてだった。ユーロは数字が小さいので、一見たいしたことがないように見える。例えば、仮に170円=5600という通貨があるとして、ミネラルウォーター1本1Eというのと、5600というのとでは、明らかに後者の方が高く感じられる。だから、油断をしてお金を使っては、ふと日本円に換算して驚くことになるし、物価も上がりがちになるのではないかと思う。

 【食事】マグドナルドのようなファストフード店で食事をしても1000円は必至。屋台でホットドックを買っても、一つでは食事にならず、二つ買って飲み物をつければ、やはり1000円を超える。少しレストラン的な雰囲気のところで食事をすれば最低でも10E(1700円)以上、というところだろう。ベルリンのデパートのカフェテリアで、サラダと大きなトンカツとポテトを食べて20E(3400円)にはめげた。

 【入場料】バッハの生家6E(1020円)など、第2次大戦空爆で大破し、ほとんど再建されたに等しい小さな建物だし、ゲーテの家6.5E(1100円)だって1周せいぜい30分だ。ヴュルツブルグのレジデンツ(司教館)は世界遺産に指定されているらしいが、やはり第二次大戦後に再建された部分の大きい建物で、あまり感心はしなかった(5E=850円)。それらに比べると見応えはあったが、ヴァルトブルグ城7E(1200円)、ベルリンの博物館は8E(1360円)が標準というのも、やはり安くはない。こうなると、なかなか来る機会などないのだからとりあえず入ってみよう、などという気にはなれない。納得したのはポツダムくらいである(サンスーシ、ツェツィーリエンホーフ両宮殿とその付帯施設に入場できる共通券が15E=2550円)。ここは、規模も大きく、建物も庭も美しく、歴史的な価値も高い上に、サンスーシもツェツィーリエンホーフも日本語解説のイヤホンを貸してくれる。これなら仕方がない。

 【交通費】鉄道では、フランクフルト空港〜ヴュルツブルグ(147キロ)普通で24.1E(4100円)、ICEで35.9E(6100円)、アイゼナッハ〜ヴァイマール(78キロ)普通で12.8E(2200円)、ICEだと17E(2900円)・・・。ちなみに日本は147キロだと2520円(特急料金=自由席を足すと4300円、東海道新幹線なら4930円)、78キロだと1280円(同2430円、2960円)。乗り心地が格段に違うことを考慮したとしても、やはり高いと感じる金額である。

 市内交通は少し微妙だ。ベルリンのバス・地下鉄の1回券は2.1E(360円)で、悪名高い(?)仙台市の地下鉄より更に高い。ただし、これは2時間有効で、2時間以内に一定のエリア内を移動するのであれば、2種類以上の交通機関を乗り継いでも同じ値段なので、そのような使い方をした時には、日本に比べて高いとは言えない。フリー切符もあって、私が買ったベルリン・ポツダムの3日間有効のものだと24.5E(4200円)。これはやや高いか?

 【その他】お土産は非常に頭が痛かった。ドイツでなければ買えない、或いは日本では買えない物というのは意外に少ない。日本と同様、ドイツでも人件費の安い外国で作られた製品が多く売られている。にもかかわらず、値段が非常に高い。つまり、高い物を無理して買って帰っても、珍しがられない上に、買った値段の3分の2から半分くらいに値踏みされたのではたまらない、というわけだ。

 もう一つ、ドイツのトイレは大小に関係なく有料が基本。ショッピングセンターで無料のトイレも見たことはあるが、そういう所はほとんどない。人が集めてはいなくても、皿が置いてあって、人々はけっこう律儀にお金を入れている。空港はゲートの内なら無料だが、外は有料で、鉄道の駅は全て有料。ベルリンだとだいたい0.8E(140円)。私が見た最高は1.1E(190円)だった。これも馬鹿にならない。日本は無料が基本だけに割高感は非常に大きい。

 アルブレヒト家で、或いはグッドルンと買い物に行って物価が高くて困るというグチは聞いたことがない。それらしきこととしては、第3回に書いたとおり、鉄道は高いから車で移動する、ということだけだ。19%という消費税についても、不満らしきことは語られない。それに応じた高収入というだけでは、どうも説明がつきにくい。

【肥満の話】

 一見唐突だが、お金に関する話をまとめる前に、この事には触れておかないわけにはいかない。

 ドイツで街行く人を見ていて、病的な肥満体の多さに唖然とした。24年前もこうだったかなあ、と首をかしげた。私はかつてアメリカで肥満のひどさに驚き、単に肥っていることが醜いということではなく、また脂肪分の多いファストフードの問題というのでもなく、世界中を軍事的にも経済的にも侵略し、富を吸い上げて飽食した結果だと想像しては、吐き気がするほどの嫌悪感を覚えたことを思い出す。当時ドイツで、もしくはヨーロッパで、そのような肥満への嫌悪感を感じた記憶はない。

 肥満は、基本的には年齢を重ねるほど増えるが、若者でも珍しくない。失礼ながら、どうしてこの人が自力で歩けるのだろう、と思う人にもしばしばお目にかかった。「大きい」とか「肥っている」というレベルではなく、病的に巨大なのである。

 これは経済的な豊かさの結果なのだろうが、私にはむしろ、病気も多く、介護を必要とする人も多いに違いないということが気になった。2005年のデータでは、日本人の平均寿命は81.9歳(男78、女85)、ドイツは78.6歳(男76、女81)で、体型の違いほどには大きな差はない。しかしながら、欧米人が日本人に比べると体つきが立派で、体力的にも優れていると感じさせられることが多いことと、医療水準に違いがないだろうことを考えると、彼らが日本人よりも寿命が短いというのは、それで十分に肥満の影響と考えられなくもない。これは牽強付会に過ぎるかも知れないが、寿命云々だけのことではなく、そこに行き着くまでの、体が不自由になった時の介護は大変である。

 このレポートの第1回で、私の父親の事情については少し触れた。私自身が介護の最先端で奮闘したわけではないとはいえ、そのおかげで、1年余りの間に、日本の医療や介護の問題については嫌というほど考えさせられたし、体重70キロ弱の寝たきり老人の姿勢を少し変えることが、どれほど大変なことかもよく分かった。

 アルブレヒト家の隣で一人暮らしをするバーンドの母親は、老化と骨粗鬆症のため腰が曲がり、動作も緩慢で、多くの医療的支援を必要とする。ゴールホーフェンは診療所すらない小さな集落である。現在は自分のことが自分で出来、主婦であるグッドルンも近くにいるという気楽さがあるのかも知れないが、医療のことが話題になった時に、彼らから不満や不安は聞かれなかった。

 ヨーロッパ、中でもドイツは、社会保障が充実していることで有名だが、果たしてそれが本当で、どの程度のものなのかは、私達のわずかな会話を元に軽々に書くことは出来ない。ただ、確かなのは、本人(家族)のせよ社会にせよ、医療と介護についての負担は誰かが負わねばならず、ドイツの高い給料を考えると、それは相当高く付くことは間違いがなく、これだけ肥満が多いとなれば、それはなおのことひどいはずだ、ということである。

 ここで、彼らの収入と消費の大きさについての私の疑問は、解決するどころか益々大きくなる。なぜ、彼らはその支出にも堪えられるのだろうか・・・? 

(9月26日に続く)