美しき硯上山



 秋らしい爽やかな晴天に恵まれた、本当に気持ちのいい週末だった。昨日は来客などあったりしたが、今日はフリー。ほとんど雲一つ無い青空を見ながら、ふと思い立って、家族で硯上山(けんじょうさん)に行くことにした。良質な「硯(すずり)」の名産地・雄勝の町の西側にそびえる標高520mの立派な山なのであるが、上の方まで車道が通じている。頂上までは駐車場から標高差で170m、距離で2.1Kmに過ぎない。幅2m以上の立派な、それでいて山道らしい風情ある登山道がついていて、我が家のように幼い子どもがいても、安心して登ることが出来る。

 紅葉は既に盛りを過ぎていたが、三分の二ほど葉の落ちた木の間を漏れてくる太陽の光が程よく温かい。道に積もった落ち葉を、下の子が大喜びで蹴飛ばしながら歩く。なぜか人の全く通らない静かな小径を、家族で歌を歌いながら歩き、駐車場から50分あまりで頂上に立つことが出来た。頂上はちょっとした広場になっており、四阿もある。北側の一部を除き、約300度の大展望である。西を見ると、手前に上品山(じょうぼんさん、467m)、そしてそのはるか向こうに、南蔵王から栗駒山まで、一つも欠けることなく奥羽山脈宮城県部分がくっきりと見えている。船形山の右手奥には、すっかり雪で白くなった月山も顔を出していた。石巻湾追波湾雄勝湾はほとんど上からのぞき込むように見える。牡鹿半島の先には、山としての形も美しい金華山だ。北上川は僅かではあるが、新旧どちらも見ることが出来る。旧北上川の向こうは石巻の市街地。大きな製紙工場の煙突と日和山が見えるので、我が家の場所もおよそ分かる。

しこたまおやつを食べた後、順調に下山して11時半頃に駐車場に戻った。思えば、今日は2歳半になった下の子の「初登山」であった。帰路、石につまずいて一度転び、泣いて「抱っこ」をせがんだが、適当になだめて引っ張っているうちに、転んだことも忘れて、ご機嫌のうちに歩き通してしまった。間もなく6歳になる上の子も、「初登山」は硯上山で、それは2歳9ヶ月の時であった。私が地元・石巻高校でワンダーフォーゲル部の顧問をしていた時には、必ず4月に、「新歓山行」と称して、テントを担ぎ、石巻霊園から籠峰山、上品山、水沼山を越え、ほとんど1日かけてこの山にたどり着いていた(翌日は、京が森を経て、石巻線沢田駅へ下山)。その時参加した1年生の多くは、それが「初登山」であった。里に近く、山も景色もきれいとなれば、入門用にはうってつけである。この山を出発点とした人は、この山に特に深い愛着と郷愁とを感じるようになるだろう。硯上山は、そんな「故郷の山」である。