おかげさまで満1年



 思えば重い腰を上げて、気乗りしないままにこのブログを立ち上げたのは、昨年の12月23日、すなわちちょうど1年前の今日のことであった。このブログは今日で満1周年を迎えた(最初に断ってある通り、それ以前の記事はすべて過去の「月曜プリント」の記事を起こしたものである)。

 当初からあまり私の趣味ではないなぁ、と思っていたにもかかわらず、数えてみれば、この1年間に139、つまりは三日に1回を超えるペースで記事を書いてきたのだから、我ながら感心する。しかも、「紙」という枠が無くなったために、字数はどんどん増えた(これは内容が豊かになったというのではなく、推敲が甘くなっただけかも知れないので、必ずしもよいことではない)。もちろん、そうなってしまったのは、4月に水産高校に異動し、「月曜プリント」を出すきっかけが無くなってしまったからである。生徒は目の前にいて、5つの教室に授業のために出入りしているのだが、今まで「月曜プリント」を配っていた生徒と、日本語能力や興味関心といった文化的背景があまりにも異なるので、頭の切り替えが出来ず、意欲を持つことも出来なかったのである。結果として、その時その時の生活記録や、自分の思いを整理しておいた方が良いという気持ちが、私をこのブログに向わせることになった。

 せっせと書いては来たものの、誰が読んでいるかも、何人の人が目を通したのかも分からない。書くことは「自己満足」に過ぎない。

 このようなメディアは、機能的であるけれども、私はやはりいいとは思わない。電子媒体などというものは、機械が壊れればそれで終わり。いわば、空中の楼閣とも言うべきもので、実体がなく、存在感もない軽薄なものであるような気がする。その点、今にして思えば、手書きの「月曜プリント」こそはその正反対の存在であった。「月曜プリント」からこのブログへの転身は、ある意味で、現代の文明の姿を象徴する。紙という実体があって、パラパラそれをめくりながら、いろいろと思い巡らせることには情緒がある。その情緒的価値を侮ってはいけない。

 このブログは、やがて紙媒体に整理されるべき文章の下書きであると考えたい。しかし、自分の考え方は日々変化するし、書籍化する値打ちのある質の高い文章がそうそうあるとも思えない。内容に一貫性もない。いずれ私が死んだら、妻はこのブログを閉鎖する手続きも忘れて放置するだろうから、廃棄された人工衛星が宇宙空間を漂い続ける如く、更新されない期間が長すぎることによってプロバイダーが削除しない限り、主を離れて存在だけは続けることになる。まあ、それがオチであろう。

 何が言いたいのかよく分からない文章であるが、ともかく、読んでくださっていた方は、1年間ありがとうございました。