アンネのバラ



 一週間前に、近所に住むK先生から、鉢植えのバラをいただいた。我が家のダイニングルームに置いておいたところ、すぐに花が開いた。上品なオレンジ色の美しいバラである。3日ほど、家族の目を楽しませてくれたが、早くもすっかり枯れてしまった。

 このバラは、「アンネのバラ」という名前がついている。K先生が、有名な平和活動家であることもあって、私は、その由緒来歴を聞くこともないまま、アンネ・フランクが育てていた、若しくは、アンネ・フランクの家にあったバラを株分けしたものが、世界中に持ち出され、回り回って我が家にも届いたということだろうと思い、何の疑問も感じていなかった。

 ところが、しぼんでしまった花をぼんやり眺めていたら、これは本当にアンネ・フランクの家にあったバラなのかな?と心の中に疑問が生じてきた。調べてみると、幸か不幸か、それは全く根も葉もない「想像」であることが分かってしまった。いくつかのインターネットのサイトで見てみると、話にズレがないので信じてよいのだと思うが、それは以下の通りである。

 「このバラは、1955年に、一人のベルギー人園芸家によって作り出された。彼は、1959年に、アンネの父親、オットー・フランク氏と出会い、この美しいバラをアンネのために捧げることにした。そして、1960年に、『Souvenir d'Annne Frank(アンネ・フランクの形見)』という名前で発表した。1971年、日本の某合唱団が、文化交流のためイスラエルを訪問し、メンバーが偶然に、レストランでオットー・フランク氏と出会った。その1年後、オットー氏から合唱団に「アンネのバラ」10株が届いた。・・・」

 アンネ・フランクと全く無関係とまでは言えないが、少なくともアンネ自身は見たことも聞いたこともないバラなわけだから、「アンネのバラ」という名前は「看板に偽りあり」である(原名は更にひどい)。と思ったが、よく考えてみると、バラの花を純粋な気持ちで愛でるためには、能書きはむしろ邪魔である。「アンネのバラ」という名前は、私達を惑わせ、私達がどれほど純粋な気持ちで花を見つめることが出来るかどうか、試すために付けられているもののようである。