ああ高校野球



 公務も私事もメチャクチャに忙しくて、とてもブログの更新などやっていられない。詳細を語る余裕もないので、とりあえずそういう事情で、更新が滞りがちになることだけ断っておきたい。


(7月12日付学級通信より)


 高校野球の県予選、宮水は残念ながら1回戦で負けてしまった。「残念ながら」ではあるが、諸君は2年生。この敗戦によって、諸君の時代が始まったわけである。来年の夏に、今年を上回るいい試合をして勝ち上がれるように、せっせと精進してくれたまえ。

 部活というのは、日本独特のものであって、外国の学校には基本的に存在しない(皆無かどうかは?)。いろいろ事情はあるのだろうが、日本人が「学校対抗」を好むということも、部活が存在することの重要な理由だろう。これは、ある意味で非常に危険。私なんかは、太平洋戦争中の狂乱状態(ナショナリズム国粋主義)と連続するものを感じる。もともと、自分が好きなことを、仲間とともに授業以外の時間(課外)にやって自分を高める、日々の充実を手に入れるというのが部活の目的であるはずだ。学校の看板を背負って、学校の名を上げることが目的になってはいけない。

 ところがこの時期、私は毎朝新聞を手に取ると、スポーツ面を開き、全国各県の予選結果の一覧から、兵庫県→龍野高校(我が母校)と自然に探し求めてしまうのをどうすることもできない。そして、その名前を発見すると、勝っていても負けていても、何とも言えない胸が締め付けられるような感情に襲われてしまう。そんな自分に驚くもう一人の自分がいる。

 何を言っても、高校野球はいい。


【地域社会とどう関わるか?】


 先週、NPO団体「Save the Children Japan」から依頼されたアンケートに答えてもらった。私はE2の分しか見ていないが、この結果はなかなかにショックであった。

 Q「石巻の復興に関わりたいと思いますか?」

 A はい 19   いいえ 19

 そう、提出した38人の思いは、完全に二つに割れている。「いいえ」と答えた人が、理由として挙げたベスト3は、「部活」「何をしたらいいか分からない」「関わる機会がない」だった。確かに、アンケートそのものもよくない。「関わりたいと思いますか?」という問いに対して、「何をしたらいいか分からない」という答えを用意してあるのは変だ。何をしたらいいか分からなくても、何かをしたいという思いはある、という状態は不思議でも何でもない。

 まぁ、それはともかく、復興に関わるというのが、「今(just now)」の問題だとすれば、仕方のない結果なのかな、とも思うが、自由記述欄に「早く何とかして欲しい」という他力本願の記述や、「金をくれるならやってもいい」という記述がいくつか見られたとなると、私の心の中を冷たい風が吹き過ぎる。

 とりあえず「震災」はどうでもいい。そんなことに関係なく、諸君は親、親戚、先生といった人だけでなく、地域社会全体によって育てられているのだ、その恩はやがて返していくのだ、という意識は持っていて欲しいと強く思う。

 では、在学中は別として、卒業後も含めて、諸君が地域社会に恩を返すとすれば、一体何をすればよいのだろうか?それは、まず第一に、諸君が立派な社会人になることだ。定職に就き、そこでいい仕事をすること、家庭を持ち、子どもを育てることだ。もちろん、石巻地区にいてそれらをすれば、直接的に地域の復興、活性化に貢献することになる。しかし、仮に東京にいても、大阪にいても、立派な社会人として仕事をし、活動してくれれば、その影響は回り回って宮城県石巻に及んでくるだろう。私としては、必ず石巻で就職しろなどとケチ臭いことを言うつもりはない。

 ともかく、あまり人に頼ったり、自分の利益ばかり考えるのではなく、しっかりと勉強して立派な良識ある社会人になり、いい世の中を作って欲しいと思う。


(裏面)7月7日付『朝日新聞』より「なるほど・ザ・相撲ワード」を引用。平居コメントなし。同じく7月7日付『河北新報』より「ティータイム 同姓同名の縁」(渡辺京子)を引用。平居コメント:こんなさりげない投稿記事にも、ときどき「いいな」と思わせるものがある。