「防災教育」を利用する・・・宮城県NIE研究大会



 今日は、仙台市立北中山小学校で行われた「宮城県NIE研究大会」というのに出席していた。これに出たおかげで、来週に迫った後期中間考査の問題作りが「持ち帰り仕事」になってしまったのは困ったものだが、まずまずいい勉強ができたし、副産物(明日書く)もあったのでよしとする。

 スペースに余裕のある広々とした校舎で、生徒たちは明るく元気だ。携帯電話を手に、自分の世界に閉じこもっている生徒がいないというのは、本当にすがすがしい。半数くらいの生徒が挨拶をしてくれる。私は5年生の研究授業に出た。テーマは「これからの食料生産とわたしたち」だ。

 先生が日本人の食生活に関する問題を挙げさせると、食料自給率の低下、農業・水産業人口の減少、安全性、環境への影響といった答えが出たので、それらを解決させるためにはどうしたらよいか、1人1案を考えさせ、発表させる。

 生徒は積極的に手を挙げ、発言する。50人くらいの見学者がいるにもかかわらず、まるで気になっていないかのように伸び伸びとしている。成績がよい子だけではない。本当に全ての子が、だ。よく言われることだが、どうして高校になると生徒は能動性を失い、ダメになるのだろう?少し哀しい感動を覚えた。

 授業が終わった後で、渡された大きな付箋に感想を書いてホワイトボードに貼って欲しい、ということだったので、以上のようなことに加え、次のように書いた。

 「日本人にとって食糧自給は深刻な問題だと思います。しかし、生徒の皆さんだけでなく、大人も、「食べられる」ということをあまりにも当然のことと考えすぎているのではないでしょうか。ぜひ皆さんには、今日問題だと思ったその気持ちを持ち続け、皆さんが考えた解決策を現実のものにして欲しいと思います。」


 その後は、全体会として、北中山小学校のNIEの取り組みについてのプレゼンテーションを聞いた後、講演が行われた。講師は、慶応大学環境情報学部准教授の大木聖子氏、テーマは、「子どもが発信する意義とチカラ 〜子ども×新聞が防災に果たす可能性〜」だ。なんでも『情熱大陸』で取り上げられたたいへんな売れっ子らしい。

 私は東日本大震災以来、防災、防災と騒いでいないと気が済まない、そう言えば安心する、そして日常的に防災訓練、避難訓練ばかりやっているかのような今の状況を、極めて冷めた目で見ている。防災は大切だが、非常時よりも圧倒的に長い平時を、防災が邪魔してはいけない。大衆は熱しやすく冷めやすい。震災の直後に防災を声高に叫ぶ人々ほど、少し時間が経てば、防災を笑う、と私は思っている。だから、「また防災か?」という気持ちが強く、講演に対する期待どころか、むしろ胡散臭く思いながら会場にいた。

 しかし、今日の講演は面白かった。それは、「防災教育」をテーマにしながら、実際にやっているのは、周囲を冷静に見つめ、情報を取捨選択し、それに基づいて臨機応変に判断するという、普遍性のあるトレーニングだからだ。それは、災害発生時だけではなく、生活のあらゆる場面、学習の全ての場に共通して必要な頭の使い方であり、能力である。

 だとすれば、逆のことも言える。生活のあらゆる場面、全ての教科学習の場で、周囲を見つめ、情報を取捨選択し、判断するというトレーニングをきちんとしていれば、災害発生時にも応用が利く、ということである。

 だが、「防災」ということに高い関心が寄せられている今、「防災」を口実にして、それらのトレーニングを徹底的に行うことができれば、それはそれで意味があると思った。何事も、「逆手に取る」は大切である。