『父を訪ね 母を辿る旅』



 最近読んだ何冊かの本の中から、1冊だけ紹介しておく。出浦由美子『父を訪ね 母を辿る旅』(文芸社、2014年)である。著者はこれまた私の知人なのであるが、戦争中に現在の北朝鮮で生まれ、出征した父はパプア・ニューギニアで戦死、本人は終戦後の混乱の中で母親に連れられ、弟と3人で帰国を果たす。戦後、60年あまりが経過し、定年退職を迎えて時間的に余裕ができた2007年、著者は父母の足跡をたどる旅に出た。その記録が、ご自身の素直な感慨と共に記されている。

 旅そのものは、著者本人の個人的な問題意識に基づくが、それを本にしたことはまた別の問題である。それは単なるノスタルジーではなく、最近の世の中の動向に対する不安であり、次の世代に対する著者の責任意識なのだ。私が説明するよりも、著者からいただいたお手紙の一部を引用した方がよい(表記は、縦書きを横書きにし、それに伴って漢数字をアラビア数字に直した以外、全て原文のまま)。


「67年前、「武力行為を永久に放棄する」ことを宣言した憲法誕生に、国上げてお祝いをしました。憲法全文の冊子を各戸に配布普及し、憲法音頭を作り歌い・踊り慶び合いました。

 思ったことを自由に話すことができ、集ってやりたいことができ、好きなことを学べるようになったのです。戦死者も戦争遺児・孤児も新たに増えることは無くなったのです。

 「物は無かったけど、希望は一杯あったよ。」と、多くの方が当時の歓びを語っています。

 しかしそれ以降、憲法12条の「憲法を守り生かす不断の努力」が足りなかったのでしょうか?国民主権の根幹をなすこれら基本的人権が蔑ろにされようとしています。

 私がこの本の「おわりに」を書いていた12月6日(国会最終日の深夜)「特定秘密保護法」を、国会を取りまく連日の反対行動を「テロ」呼ばわりし、世論を無視して数の力で強行可決しました。これは、自公政権と一部野党が、「憲法9条」の条項を変えようとしているその一環なのでしょう。憲法を変えるには、手続き上や、反対世論の力等ハードルが高いと判断するや、改憲手続きをとらずに「憲法の条文を解釈で変えてしまおう」というのです。

 安倍総理は、「それを決めるのは私です」とまで言い切っています。

 私は自分の出生に関わり父や母を辿り、記録に遺しておこうと、ささやかな冊子にまとめておりました。こんなことを書けるのも私達の世代までだと思いましたので・・・。

 ところが前述のような最近の国の動きでは、このような戦争の悲惨さを次世代の方々も書くことになるかもしれない。そんなことになったら、日本国が犯した戦争で、国内外約2千万人、国内310万人ともいわれる戦死者・犠牲者は、人類の歴史の何の教訓にもならないことになります。

 父も夢見た母も見た「平和な世の中」の尊さを、戦争知らない世代にどう繋げていくかが私達の世代の役目と思い、出版社の勧めもあり、一家族のささやかな記録ですが、本に著しました。」


 おそらく原稿用紙で100枚前後の小著なのだが、上製本で1080円(税込み)もするのが、唯一残念な点だ。とてもいい内容であるだけに、出版の目的を考えると、普及が進むことを最優先に考える体裁にして欲しかった。