最近、伊福部昭の曲のCDを探していて、面白いものを見つけた。NAXOSから出ている「シンフォニア・タプカーラ」の録音(ドミトリー・ヤブロンスキー指揮、ロシアフィル)なのだが、Amazonのカスタマーレビューで見事なほど賛否が割れているのである。その中の一つに、次のような記述がある。
「このCDを聞くと、いかに日本の指揮者と日本のオーケストラは、直接作曲者の指導が受けられる幸運に恵まれ、かなり細かいニュアンスまで作曲者の意思とする演奏がされているのかハッキリと分かります。」
作品は作者の手を離れた瞬間に独立する。こんな言葉を目にし、耳にする機会は多い。国語の教員などやっていると、一つの作品について同業者と議論し、解釈が分かれるなどという経験はいくらでもある。作者の本心は那辺にあるのか?いや、本心などどうでもいいのだ。なぜなら、作品は作者の手を離れた瞬間に独立し、様々な読み方をされるようになるものだからだ・・・という具合である。様々な解釈を許す作品は名作だ、と言われることもあれば、表現の曖昧さが多様な解釈を生むのだ、と否定的に言われることもある。しかし、法律の議論に典型的に表れるとおり、解釈の余地のない作品などあり得ない。
音楽の場合、演奏者は楽譜だけを手掛かりとして曲を組み立てるしかない。それ以上でも、それ以下でもない。もちろん、作曲者が存命の場合、その意見を聞くことは可能であり、有益であろうが、演奏を聴いて、作曲者が自分の作品の思ってもみなかった可能性に気付くこともまた、「あり」なのではないだろうか?作曲者から直接指導を受けた日本人による演奏と解釈が違うからと言って、直ちに駄演だという話にはならない。
そんなことを思っていたところ、この数日で読んだ青澤唯夫『名指揮者との対話』(春秋社、2004年)という本の中に、面白い話を見つけた。指揮者でありチェリストであるM・ロストロポーヴィチが、彼が初演したショスタコーヴィチのチェロ協奏曲について語った部分である。〔 〕は私による補足、( )は原文。
「彼〔ショスタコーヴィチ〕は〔初演時の私の演奏に〕すごく満足して、そのときのテンポやニュアンスを譜面に書き込んだんですね、私が弾いたように。それがやがて出版された。でも長い間同じものを弾いていると、だんだん変わってくる。ずいぶん経って、初演のときは第1楽章が重くて遅すぎた。ひどく真面目だが、彼が書いたようなニヒルな面は出ていないことがわかってきた。ずっと後になって外国でそれ〔後の解釈による演奏〕を弾いたら、ある批評家から作曲者の意思を汲んでいないと叱られた(笑)。ショスタコーヴィチは作曲したときの意図というよりも、私のテンポを楽譜に記し、それから私がだんだん速いテンポで弾くようになっていったことをよく知っていたし、ますますいい演奏になってきたと大満足していたんですよ。しかし歴史には最初のメトロノームの数が残り、いまのロストロポーヴィチの演奏は速すぎるというふうに考えられてしまう(笑)」
作曲者、演奏者、作品の関係が、実によく語られているではないか。ショスタコーヴィチとロストロポーヴィチの関係もそうだが、モーツァルトとクラリネット奏者・シュタードラーの関係や、ブラームスとヴァイオリン奏者・ヨアヒムとの関係など、名作が生まれるためには、作曲者の創作意欲を刺激し、様々な助言をする名演奏家が存在する場合が少なくない。このことは、作曲が完了した後の演奏についても言えることだし、更に後の時代に、別の演奏家によって作品に新しい命が吹き込まれることもまれではないだろう。
現在、我が家には、前のヤブロンスキー・ロシアフィル(2004年)と、原田幸一郎・新交響楽団(1994年)という2種類の「シンフォニア・タプカーラ(改訂版)」の録音がある。確かに、前者は後者に比べると演奏の精度が高いとは言えず、いささか大雑把、もしくは荒削りな感じはするのだが、北海道でアイヌと共に過ごした少年時代を原風景とし、「大地の作曲家」とでも形容すべき伊福部の作品であることを思うと、その雑さ加減がむしろ似つかわしいものに思えてくる。ヤブロンスキーがそこまで意識して、わざと荒削りな演奏をしたとも思えないけれど・・・。ヤブロンスキーの解釈が許容範囲であるかどうかは、楽譜を見たことがないので分からない。
いずれにせよ、演奏者が作曲者の指導を受けられたかどうかは本質的な話ではない。今更ながらに、一つの音楽を作り上げることの難しさと不思議とを感じるばかりである。