C型肝炎の記録(8)・・・治療法と制度の劇的な変化の裏に・・・



 私は「717」に驚き、若しくは当惑とも言うべきものを感じはしたが、さほど悲惨な気分にはならなかった。と言うのも、実は1998〜9年にIFNによる治療を行った後、C型肝炎の治療と保険制度が驚くほどいろいろと変化していたからである。

 最初のIFNが悲愴な気分だったのは、一生に一度の「治癒」のチャンスだったからである。ところが、その後、IFNもコンセンサスインターフェロンという副作用の少ない=大量投与可能なタイプや、ペグインターフェロン(以下ペグIFNと略)という週に一回の注射で済むタイプが開発され、後者はリバビリンという経口投与の抗ウィルス薬と併用することで、非常に高い治癒率が得られるようになったこと、その他にも、ラクトフェリン、プロテアーゼ阻害剤、ラミブジンといった新しい治療薬が続々と登場していることが報道されていた。更に重要なこととして、一生に一度だったIFN治療が、2000年4月から再投与可能となり、2002年2月からは、遂に、再投与に関する条件と投与期間に関する制限が撤廃され、IFNは何度でも自由に使えるようになっていた。つまり、私の場合、肝臓の状態が悪化したら、その度にIFNを使えば、副作用は我慢しなければならないが、「時間を巻き戻し」続けることが可能になったのである。この時点で、私は、自分が肝炎(肝硬変・肝ガンを含む)で死ぬことはないと思えるようになっていた。

 なぜ、これほど新たに治療方法が開発され、保険制度が寛容になったのかという理由は社会問題として重要である。今、手元に資料がなく、しかも、元々声高に言えることでもないので、私としてもどの程度確かな情報なのか確かめられないのだが、当初、IFNが「一生に一度」と制限されたのと同様、要は、医学や人道に関わる理由ではなく、経済の論理に基づくようであった。

 ひとつは、C型慢性肝炎患者が肝硬変・肝ガンに進む可能性が非常に高いことが益々明らかになり、それらの病気にも非常に高額な様々な治療手段が開発されてくると、肝硬変や肝ガンの膨大な治療費を負担するよりは、治癒しないまでも、肝炎の段階でIFNによって進行を止めた方が、お金がかからなくてよいと考えられるようになったということである。

 もう一つは、AIDSやB型肝炎と同様、かつての政府に輸入血液製剤や予防注射の回し打ちの危険性に対する認識に甘さがあった結果として感染が拡大したとすれば、感染に関する政府の責任を追及された時に、医療行為にまで制限をかけているとトラブルが大きくなりやすく面倒だと考えられたということである。つまり、どちらにしても、基本的にどうすれば安く付くかという損得勘定によってのみ、保険の適用基準は設定されている。患者に対する配慮は後付け、若しくはタテマエである。

 また、C型肝炎患者は200万人を超えると言われている。製薬会社にしてみれば、これは非常に優れた市場である。C型肝炎の薬は非常に大きな需要があるから、上手くいけばもうかるのである。しかも、薬価というのは、開発費・製造費と需要のバランスで決まるのではなく、従来型の薬との比較、外国の薬価とのバランスなどを根拠にしたけっこうデタラメな総合的理由で決定されるらしい。だから、1000人しか患者のいないどんな難病よりも、製薬会社がC型肝炎の薬の開発にエネルギーを費やすのは、「多くの人々を救う」と言えば聞こえはいいが、「もうかる」というのがその本当の理由であるようだった。

 ただ、それでも、会社や政府の利害と患者の利害は対立することなく一致するのだから文句はない。私もそれに救われることになった。

 2006年には厚生労働省の治療標準化研究班が、「C型慢性肝炎の治療ガイドライン」というものを出していて、前回αを使うかβを使うかで迷ったような、治療方法における議論の余地はほとんどなくなってもいた。それによれば、私が次に治療を受ける時は、「ペグIFNとリバビリンの併用療法24週」という治療になることは、ほぼ間違いなかった。その方法で、私のような血清型2型のウィルスに感染している場合、ウィルス量の多寡に関係なく、治癒率は80%を超えるまでになっていた。ちなみに、1bの高ウィルス量という最も治りにくいタイプでも、この治療を48週行うことで約半数が治癒する。従来は5%くらいだから、画期的な改善である。

 前回、通院で苦労したし、S医師ほど有名ではないが、肝臓専門医であるA医師がいることをK医師から聞いていたので、7月31日に、私は職場検診の結果表を持って、自宅から徒歩15分の石巻市立病院(昨春の津波で1階が壊滅し、現在移転先を検討中)でA医師の診察を受けた。この日、GPTは435であった。思っていた通り、すぐに「ペグインターフェロンリバビリンの併用療法」をやりましょう、という話になった。A医師は「717」「435」というGPT値には少し驚いたようだが、「症状が激しく出る人ほどIFNがよく効くという話もありますしね」と付け加えた。S医師なら、患者に期待を持たせるからとして口にしなかった言葉のように思う。このような医師の個性を目の当たりにすることも、患者としては面白い。

 IFNが自由に使えるようになったということは、「活動性」とか「非活動性」といった区別も必要がなくなったということである。その結果、IFN投与のために必須の条件であった「肝生検」も不要になっていた。肝生検がなくなったというのは、患者としては本当に大きな負担軽減である。入院期間も1週間ほど延びる上、大出血をするかも知れないという不安と、その時のために大きな開腹手術をするのと同じ前処置をして手術室に向うという煩わしさは、なんとも気を重くした。肝臓の状態をより具体的・詳細に知りたいという医師としての向上心(好奇心)から、A医師は肝生検を実施したいそぶりを少し見せ、内視鏡は使わず、超音波で探りながらの生検という妥協案も提示してきたが、私が拒否すると、あまり未練を見せずに受け入れてくれた。だから、私は病床が空くのを待って8月10日に入院し、前回同様に眼科と心療内科で検査の後、早速11日からペグIFNの投与を始めることになった。