超高額医薬品の驚異と脅威

 昨夜の台風24号はすごかった。どうせ宮城県まで来る頃には消滅寸前、大事には至るまい、と思っていたのだが、雨も風もあまりにも強くて、騒々しいからなのか、不安だからなのか、2時に目が覚めてから寝付けず、テレビの台風情報を見たりしながら、4時半頃まで起きていた。時速70㎞で進む台風の危険半円だったから、なのだろうが、自然の力は圧倒的だ。家の周りの木の枝がたくさん折れたものの、大きな被害に至らなくてよかった。

 さて、一昨日、日本経済新聞の第1面トップ記事は衝撃的だった。主見出しが「超高額医薬品迫る『第2波』」というもので、袖見出しとして「白血病薬1回5000万円 年内にも上陸」と書かれている。
 「第1波」に該当する「オプジーボ」(1回130万円、年に3500万円。今日ノーベル賞受賞が発表された本庶佑氏が関わった薬)でさえ驚いたのに、これはあまりにもメチャクチャだと思った。投与1回5000万円にもなるキムリアという白血病治療薬の他、記事では、アメリカで1回4200万円と薬価決定された大細胞型B細胞リンパ腫治療薬イエスカルタ、同じく両目で9600万円と認められた遺伝性網膜疾患治療薬ラクスターナが紹介されている。もっとも、素人には、この「1回」というのがよく分からない話で、それを何回投与する必要があるのか分からなければ、本当は議論のしようがない。本文中では、キムリアについて「多数回の投与は不要とされる」とだけ書かれている。「複数回」なら話は分かるが、「多数回」は曖昧すぎて分からない。しかも1回の投与に5000万円かかるわけだから、それが1回増えるだけでも大変なことである。かつて私がC型肝炎の治療に励んでいた時、インターフェロンリバビリンの値段に驚いていたのが(→こちら)、なんとも初々しくかわいらしい驚きに見えてくる。
 命がかかっているのだ、命の価値は地球より重いのだ、などと言って、果たして無制限にお金を出すべきなのだろうか?今回は5000万円だが、極端な話、例えば100億円の薬が登場したらどうなるのか?もちろん、その薬を保険適用にすれば健康保険料の(大幅)値上げが必要になる。病気は、明らかに生活習慣に起因するものでもなければ、なりたくてなるものではない。いわば運命的に、運が悪くてなるのである。その不公平を緩和させる手段の一つとして、健康保険なるものが存在していると私は理解している。その趣旨から言えば、お金は出すべきだ、ということになるのだが・・・。
 記事によれば、イギリスは、高価すぎるとして、イエスカルタを公的医療から外すことを決めた。「健康寿命を1年延ばすのにいくら費用が増えるか」を基準に、薬の費用対効果を調べ、2〜3万ポンド(290〜435万円)を超える薬は公的医療保険から外すというルールがあるのだそうだ。薬の値段は、ほぼ年収以下に抑える、という原則が見える。
 費用対効果と言えば、100%効く薬というのはまずないはずだから、それは問題になって当然である。日本医師会は「費用対効果という考え方は用いるべきでない」という立場を取っているらしい。だが、この問題について言えば、医療現場の人たちに発言させてはいけない。彼らは病人が増えれば増えるほど、また、高価な薬や医療技術を使えば使うほど利益が大きくなる人たちだからである。
 薬価の決め方自体にも問題はある。また、今回のような信じられないような値段の薬価を認めてしまえば、製薬会社が、薬剤の開発そのものに際限のない投資をすることを容認することにもなってしまい、事は悪循環に陥っていく。
 費用対効果をどのように考えるかについて、私は何も言えないが、少なくとも、薬価に上限は設けるべきだ。1回の投与で、普通の日本人の年収の10倍超を支出するというのは異常である。ここからは「感覚」によるしかないのだが、よほど特殊な社会的事情でもない限りは、1回の投与ではなく、1年間の医療費が平均的な年収を超えるというのはいかがなものか?例えば、60歳以上には年間500万円、70歳以上には100万円を超える医療措置は行わない、といった年齢制限も一つの手だ。
 いささか横道にそれるが、記事は、キムリアの薬価が5000万円の場合、年収が370〜770万円という(標準的?)日本人の自己負担額は「月に約60万円ですむ」、と書かれている。それらの人のほとんどは、ボーナスをならしたとしても、月収が60万円に満たない。「ですむ」というのは、あくまでも5000万円と比較するからであって、実際には支出困難な金額だ。健康保険が運命的不公平を是正するためのシステムだとすれば、自己負担限度額の60万円は高すぎる。
 薬を投与する際には、診察や検査といった付随的費用が発生するので、5000万円の薬を使うためにかかるお金はそれを超えるのだが、この際、細かいことは言わないことにする。自己負担が60万円であれば、保険からは4940万円が給付されることになる。自己負担を1万円にすれば、保険からの給付は4999万円だ。ん十億円、ん百億円のお金を動かす健康保険組合にとって、この際、4999万円でも4940万円でも大差はないと思うが、治療を受ける側にとって1万円か60万円かは極めて大きな違いである。
 自己負担としていくらを求めるのか?そんなことまで含めて、考える必要がありそうだ。