初「せんくら」・・・上野耕平、山中惇史、村治奏一

 今日は「せんくら」に行っていた。「せんくら」とは「仙台クラシックフェスティバル」の通称。28日から今日までの3日間に、仙台市内の4会場でのべ87もの演奏会が開かれる。同じく今月の8〜9日に行われた「ジャズフェス」と違って、全てプロ、しかもそれなりに名前の通った一流どころがずらり勢揃いである。
 今年で13回目となるこのイベントも、私が行ったのは初めて。私も特別に暇なわけではない、というのみならず、おそらくはこのイベントの性質による。
 「せんくら」の演奏会は、一つ一つが短く(45分〜1時間)て、低料金(1000〜2000円)である。お手軽な料金で、演奏会のはしごが出来ますよ、というのが「売り」である。ところが、近所に住んでいるならそれでよいが、わざわざ石巻からとなると、45分1000円の演奏会を聴いて帰ってくるのは、時間的にも金銭的にもロスが大きい。自分の聴きたいプログラムが同一会場で連続していない限り、なかなか足を運べないのである。都心で生活している人たちのためのイベントだな、と、少しいじけた目で見ていた。
 そして今年、時間のとれる日に、聴きたい演奏会が同じ場所で連続しているということに気付いたのである。それが今日。10:30〜11:15上野耕平(サックス)と山中惇史(ピアノ)、12:00〜12:45村治奏一(ギター)、14:30〜15:30山下洋輔(ピアノ)、会場はすべて青年文化センター内。ところが、発売開始の翌日にチケットを買おうとしたにもかかわらず、山下洋輔は売り切れ。結局、その前の2公演だけを聴きに行くことにした。
 上野耕平については、かつて、テレビで見て驚愕したという話を書いたことがある(→こちら)。ピアニストもその時と同じである。奇しくも、今月16日に放映された「情熱大陸」はこの人を取り上げていて、格好の予習が出来た。おそらく、サクソフォンのリサイタルに行ったのは初めてである。会場満席。曲は、ムソルグスキー伊賀拓郎編曲)「モスクワ河の夜明け」と、なんとC・フランクのヴァイオリン・ソナタ
 期待は決して裏切られなかったのだけれど、今日に関して言えば、どちらかと言うと、私は山中惇史というピアニストの方に魅力を感じた。今日初めて知った話、世の中にはピアニストにとって嫌な5つのヴァイオリン独奏用の曲というのがあって、フランクのソナタもその中の1曲らしいのだが(ちなみに残りの4つは一番下に書いておく)、以前テレビで感心した時と同様、山中のピアノは非常に正確で、難曲であることを微塵も感じさせない。それでいて、ただ正確なだけかというとそうでもなく、理由はよく分からないが魅力的なのである。
 山中という人は、1990年生まれ。東京芸大大学院の作曲専攻出身で、今はピアノを勉強しているという。どちらかというと作曲家なのである。今日の演奏会でも、アンコールには山中の歌曲「歌を歌う時」が演奏された。その曲も含めて、なんだか心引かれる人だ。
 村治奏一は、ギタリスト村治佳織の弟である。ただし、私はプログラムに引かれてチケットを買った。「せんくら」のチラシ(22ページもあるパンフレット形式)によれば、バッハのプレリュードBWV539、フーガ同1000、クープラン「神秘的なバリケード」「手品」、再びバッハで「無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番」である。ところが、行ってみると、前奏曲とフーガ・アレグロBWV998とパルティータ第2番になっていた。目当てがバッハだったので、まあよい。今までにもギターのリサイタルには何度か行ったことがあったが、プログラムがバッハというのは初めてなのである。
 バッハの時代に今日のようなギターは存在していないので、現在ギターで演奏されるバッハの作品は、ほとんどリュートのために書かれたものである。どちらで演奏するにしても、なぜこれが1丁のリュート/ギターで演奏可能なのか?と思うようなものである。CDで聴いていると、多重録音をしているのではないか?と思う。それが実際に1丁のギターで演奏されているという事実を目の当たりに出来たこと、これは音楽の本質とは関係ないが、私にとっては大切な価値であった。
 特にパルティータなど、難曲であるが故のやむを得ないミスも何度かあったが、バッハの音楽というのは本当に魅力的だ、と思うことが出来た。
 驚いたのは、アンコールにタレルガ「アルハンブラの思い出」!!!私はバッハの他のリュート組曲の一部を演奏するのではないか、ホ短調BVW996の第1曲あたりがいいなぁ、と期待していたのに、バッハとも、ドイツとも、バロックとも関係のないタレルガである。ギターの音色というのは古風なので、突拍子のない組み合わせの割に違和感は小さかったが、それでも、やはりこれはナシなんじゃないかなぁ、と思った。
 青年文化センターには4つのホールがあって、その全てで「せんくら」をしていたということもあり、驚くほどの人が来ていた。おそらく、街全体に音楽を充満させようということなのだろうが、地下鉄仙台駅の入り口でも、青年文化センター最寄りの旭ヶ丘駅でも、音楽が演奏されていた。旭ヶ丘駅なんて、わざわざグランドピアノを設置してである。ただ、これもよくない。頭の中にギターの音がまだ漂っている人に、無理矢理ピアノデュオでリストの「ラ・カンパネラ」を聴かせるのは、ほとんど嫌がらせである。音楽にとって余韻は大切だ。仙台駅でやるのはいいが、会場の最寄りではナシだろう。これだけの大音楽イベントを主催する人が、そのことくらい分かっていないようでは困る。


補)ピアニストにとって嫌な5つのヴァイオリン独奏曲:バルトークソナタ第1番、フォーレソナタ第1番、R・シュトラウスソナタシューベルト・幻想曲、って言ったかな?ネットで探しても見つからないので、山中さんが言っているだけかも?