C型肝炎の記録(9)・・・ペグIFNによる治癒と医療費の問題



 私がここでペグIFNと言っているのは、商品名で「ペグイントロン」と呼ばれるペグインターフェロンα-2b製剤である。これは、ポリエチレングリコールインターフェロンと結合させることで、血中での持続時間を長くしたものであるが、投与の間隔が延びただけではなく、効果にも大きな違いがあることが知られていた。前回のIFNは1回当たり「1000万単位」投与ということだったが、今回は「100μg」と単位も変わっている。同時に商品名で「レベトール」と呼ばれるリバビリンのカプセル剤を、朝夕2錠ずつ(計800mg)服用する。普通のIFNと違って、ペグIFNは、最初から週に1回の投与である。

 2007年8月11日に最初の投与が行われたが、見かけは従来のIFNと変わらない。わずか0.5mlの透明な注射液である。これが、1週間以上体内に留まって、全身の血液中にあるウィルスを駆除していくというのは信じがたい神業である。作用が緩やかであるため、副作用も軽いらしい。

 実際、なかなか熱も出てこず、結局、翌日になって38.5度という熱が出て、眼痛には不愉快を感じ、それが3日間ほど続いたものの、肩痛、口渇感といった前回最も不愉快だった症状はあまりなかった。やることは、週に1本の注射だけなので、私は海に近い病院4階の冷房の効いたオーシャンビュールームで、猛暑の年に避暑をしていたようなものであった。22日に2本目を注射した時には、ほとんど何の副作用も自覚されなかった。私は25日に退院した。

 私がIFN投与中であるということを強く自覚させられたのは、8月31日から文化祭のため学校に泊まり込んだ際、すっかり高をくくって日中にバタバタ動き回っていたところ、夜になって、立っていられないほどの疲労感を感じた時だった。やはり、IFNが体内にあるというだけで、前回同様の負担は体にかかっている、IFNをなめてはいけないと、以後、私は静かな生活を心掛けるようになった。K医師の所には通わず、週に一度、市立病院で注射を受け、月に一度は血液検査をして診察を受けるということを、2008年1月23日まで続けた。

 前回ほどではないが、若干の脱毛はあった。また、血液検査の値は変化した。白血球と血小板の値は大きく低下した。また、今回は、リバビリンの副作用というものもある。有名なのは「貧血」だ。そのため、今回は赤血球の値も投与開始1ヶ月後の9月半ばから低下し、10月10日には基準値を下回るようになった。しかし、実際の生活で目眩を感じることはなかったし、A医師も、このレベルならまだ大丈夫だといって、投与を継続した。体は重く、週に一度の通院に縛られて面倒ではあるけれども、検査のある日でさえ、病院での一切が3時間以内(労災病院の半分!)に終わることもあって、前回に比べるととにかく負担は軽かった。

 ところで、私は当初からIFN治療が「高額」であることを繰り返し書いてきたが、実際にいくらかかるかを明らかにしておこう。

 ペグIFNを1本打つと、約9,500円支払う。検査のある回は検査料が3,000円ほど加わる。検査をした時に、レベトールの処方箋を出してもらい、近くの薬局で次の検査日まで約1ヶ月分のレベトールを買うと、日数に若干の違いはあるが、約28,000円かかる。他に、最初の2週間の入院費(差額ベッドなし、注射代別、検査料等込みで約103,000円)や、眼科の検査料等がかかる。眼科の検査費は些細なものなので、入院費を別にすると、1ヶ月当たりの医療費(支払い分)は75,000円前後である。もちろんこれは3割負担の金額である。従って、1ヶ月分の全額は約250,000円、6ヶ月分の全額だと約1,500,000円になる。入院費や事前検査、IFN終了後結果が確定するまでの半年分の検査費を含めると、私のように順調で、副作用についての処置が必要なかった場合で、2,000,000円弱といったところであろう(仮に、以前のようにIFNに厳しい使用制限があった場合、これを全て自費で行うのは、命と引き替えだと思えば出せない金額ではないが、やはり高い。しかも、治癒しなければ、それを何回繰り返さなければならないか分からないのである)。

 ところが、もちろん患者としての負担は約60万円ということになり、更に、私の場合、公立学校共済組合宮城支部という所から、毎月かかった医療費に応じた「給付金」というのが2ヶ月遅れくらいで私に対して支払われ、宮城県教職員互助会という所から「医療補給金」というものが3ヶ月遅れで1ヶ月当たり28,000円支払われた。これらを私が病院と薬局に支払った費用から差し引くと、私の実際の負担額は月12,100円(±数十円)で一定であった。つまり、詳しい制度はよく分からないのだが、各自の医療費負担の上限を月12,100円として、残りは二つの財源から補填されるということだ。足かけ7ヶ月で実際に支払った医療費合計は、約85,000円ということになる。他の職業に就いていた場合、これに相当する補助金があるのかどうかは知らない。

 ちなみに、1998年に旧型のINF治療をした時には、レベトールこそ処方されないものの、注射1本当たりの値段がペグIFNとほぼ同じ、本数は3倍以上、加えて生検という大がかりな検査があって、入院期間は2倍に近いので、総医療費は3,500,000円近くなる。なるほど、200万人以上の肝炎患者が一斉にIFNを使ったりすれば、保険もパンクするわけだ。

 1本30,000円ほどする1ccにも満たない注射液を見つめる時の感慨は、既に書いた。レベトールは何の変哲もないカプセルである。これを朝晩2錠ずつ飲むのだが、このカプセルが1錠約800円(患者負担額ではない本来の値段。薬価だけではなく処方経費を含む)するというのも驚きであった。ケチな私は、飲むたびにそんなことを考えていた。

 話を元に戻す。ウィルスは3本目を投与した8月29日の採血分で、早くも陰性となった。1本目投与前日に194あったGPTは、約2週間後のこの時既に27まで下がり、9月12日に15となった。GPTがGOTより低値となったのは11月7日(10/12)からである。そして、2008年1月23日の最後の投与を終えると、前回と同様、その数日後に体が軽くなり、猛烈な爽快感を感じることになった。しかし、その爽快感が落ち着いた後、体に前回のような異変は感じられなかった。私は、ウィルスが消滅したとの確信を抱いた。意識の中には、私の場合治癒の可能性が80%以上というデータもあったし、なによりも、「一生に一度」という切羽詰まった意識がないことによる余裕が、そのような確信を生んだのだろうと思う。

 ウィルスが再出現する時と言うのは、IFNの投与終了直後である場合が多いという話は聞いていたし、私自身が旧型IFN治療をした時にも、終了1ヶ月後の検査で、早くもウィルスが検出された。だから、2月20日に採血をした時に、出るなら今回だ、と思っていたが、GPT/GOTが13/14と見事に正常で、3月18日に聞いたこの時のウィルス検査の結果は陰性だった。

 この後、実は私は通院を止めてしまった。治すためにと思うから、仕事をやりくりしながら病院へも行くのであって、単に確認のために、面倒な思いをするのが嫌になってしまったのである。もしも、治療終了6ヶ月後の検査結果を最終診断とするのなら、6ヶ月後にだけ行けばいい、と思った。ところが、7月は学期末で忙しかった上、7月2日の職員検診の結果が半ば過ぎに返ってきて、GPT/GOTが13/15という理想的正常値だったため、私としてはこの時点で、勝手に「治癒」という自己診断をしてしまい、申し訳ないことに、市立病院やA医師のことはほとんど忘れてしまった。

 A医師から、8月18日の午前に電話がかかってきた。「肝炎治療の臨床結果をまとめているが、あなたの確定診断が出ていない。どうなっているか?」というものであった。私はあわてて、その日の午後に採血に行き、9月2日にひたすら無礼をわびつつA医師の診断を受けた。思っていた通り、ウィルス検査の結果は陰性だった。これで私は、ようやく15年以上に渡った「C型慢性肝炎」から正式に解放されたことになる。肩の荷を降ろしたような解放感はあったが、喜びが爆発するといった強い感動はなかった。「一生に一度」という悲愴な感覚から解放され、「ダメでもまた挑戦できる」「もはや私が肝炎で死ぬことはない」という気持ちがあったことも重要だが、遅くとも7月の時点で、治癒の確信はそれほど揺るぎのないものになっていたのである。