先生はニコニコ元気が一番・・・保育参観に行く



 土曜日は、小松亮太に先立ち、午前中、我が息子の通う保育園の「保育参観」というのに行っていた。震災前に通っていた保育園が、園児わずか10名だったのに対して、今の保育園は50名だし、私たち夫婦の勤務地の関係で、現在、送迎はほとんど私の役目になっているので、園児の保護者と顔を合わせる機会が多い。

 そんな中で、保護者の中に、私のいわゆる「教え子」が3人いることは既に知っていた。ところが、この日、私は4人目の「教え子」Kと出会った。私は、最初、私に声を掛けてきたのが誰だか分からなかった。名前を聞くと、記憶が鮮明に蘇ってくる。筋肉質の脳を持った、口数の少ない(話せない?)、教室ではほとんど存在感のない生徒で、ラグビー部のFというカリスマ顧問にけしかけられた時だけ、意外なほど覇気と根性のあるプレーを見せる、そんな生徒だった。ところが、そんな思い出は無価値である。20年ぶりで私の目の前に現れたKは、まったく違っていた。快活で聡明になった、とは言わないまでも、本当にしっかりした社会人だと思わせるものを、間違いなく持っていたのである。

 私は、Kが私を覚えていて声を掛けてくれたこと、そんなKと会えたことが嬉しかった。だが一方で、今受け持っている生徒の顔を思い出しては、彼らの将来の姿を予測することの難しさに思いを致す。もちろん、それは大きな希望をも含む困惑である。

 ところで、どこの保育園にもあるだろうが、今の保育園にも家庭と園との連絡ノートというのが存在する。この日、私は以下のように書いた。

 「保育参観ありがとうございました。楽しそうに活動する子どもの姿を見て、安心しました。ところで、先生方は代わる代わるお休みを取れるのでしょうか?保育園の目的から考えても、月曜に代休を取られては確かに困ります。しかし、先生方が疲れをためるのも困ります。先生がニコニコ元気でいてくださるのが、子どもにとって一番です。くれぐれも無理をなさらないで下さい。」