伊勢うどん



 「うどん派」「そば派」という言葉があるらしい。私はどちらかと言えば「そば派」である。関西出身なのであるが、大阪のうどんは、どうも物足りない。今やどこにでもある「丸亀製麺」なる店で讃岐うどんを食べると、それなりに美味いと思うが、知り合いの香川県人が「あんなのうどんじゃない」と言っているから、本場讃岐のうどんを食べれば、「うどん派」になるのかも知れない。要は、ほんとうにそばよりうどんを美味くないと思っているのか、いいそばは食べたことがあるが、いいうどんには出会えていないということなのか、よく分からないのである。うどんが好き、そばが好きというのではなく、うどんにかかっている出汁よりも、ざるそば(板そば)のつゆの方が好きだ、ということのようにも思う。

 そんな私にも、熱狂的に好きなうどんが2種類ある。一つは名古屋の「味噌煮込みうどん」であり、もう一つは伊勢の「伊勢うどん」だ。

 「味噌煮込みうどん」は有名だが、「伊勢うどん」を知る人は多くないだろうと思う。私は、父が伊勢市郊外の出身だった関係で、けっこう昔から知っていた。直径1センチにもなんなんとする極太の、茹ですぎて溶けかけているようなこしのない麺に、甘みのある色の濃いたれがかかっている。たれの中にうどんが浮かんでいるのではない。かけられたたれをからめて食べるのである。具はほとんど入っていない。基本はネギだけである。卵は時々お目にかかる。かまぼこが載っているのも食べたことがある。聞くところによれば、最近は「天ぷら伊勢うどん」もあるらしいが、邪道であろう。基本的にシンプルこの上ないうどんで、店のメニューの中では最も安価である場合が多い(?)。伊勢市界隈のごく限られたエリアでしか食べられないような気がする。

 家族も大好きだ。昨年末、家族で伊勢を訪ねた時は、旅館の外で食事をした3回のうち、2回が伊勢うどんであった。自宅用に「伊勢うどんのたれ」を買って帰ってきた。昨年3月に同僚と伊勢に行った時、買って帰って好評だったので、今回もミエマンという会社のものである。三重県立相可(おうか)高校食物調理科との合作で、「高校生と老舗・醤油屋とがコラボした「伊勢うどんのたれ」は史上初!」と字が踊っている。相可高校食物調理科とは、2010年に「美味しい闘技場」というNHKの番組で我が宮水と対決した、高校調理科界の大本山である(←拙著『それゆけ、水産高校!』にその時の話あり)。こうして市販されている製品に、まるで箔を付けるかのように名前が登場しているのは少し悔しい。

 それはともかく、帰宅後、我が家の休日の昼食に、このたれをかけた疑似「伊勢うどん」が、昨日までで既に4回登場した。なぜ「疑似」かと言うと、あのずるっとした感じの極太麺が手に入らないため、普通の玉うどんで代用しているからである。加えて、私がかってに、ネギ以外に、揚げ玉と削り節をトッピングに加えている。それでも、やはり「伊勢うどん」を「伊勢うどん」たらしめているのはたれだ、ということなのだろう。「疑似」だということなど意識することなく、楽しむことが出来る。我が家のミエマンのたれも、あと一回で終わりだな・・・それだけが少し寂しい。

 今のご時世、麺も含めて、ネットで取り寄せることなど簡単、簡単。しかし、どこの産物でも、取り寄せて食べられる、などというのが面白いわけがない。エネルギー消費の問題から、宅配便や通販の規制推進派である私は、その点からしても取り寄せようなどとは思わない。この次、伊勢に行けるのはいつかなぁ、そんなことを思いながら、かけがえのない貴重なたれをかけて食べるうどんが美味いのである。どうしてこのうどんが、いつまでもローカルな地位に留まっているのだろうか。富月の「バターどら焼き」(→こちら)を味わう時と同じことを思う。