博士号取得記(3)

 論文を提出すると、紹介者である教授が研究科委員会という会議にかけ、審査員の選挙が行われるらしい。ただでさえも、卒業論文修士論文の審査、それ以外の成績処理があって忙しい時期である。どう考えても余計な仕事であり、積極的に引き受けることを希望する教員がいるとは思えないから、関係する研究室の中で話し合い、じゃあ誰がやろう、という話になって、その先生方が立候補→信任投票、という流れなのではないかと想像する。私の出身母体である中国哲学のM教授(紹介者)、T准教授、中国文学のS教授、東洋史のK教授、合計4名が審査員に決まった。口頭試問の日程は、これら諸先生の都合と私の都合とをすりあわせて決められる。
 審査員を決めるに当たり、外部審査員を依頼するか?という問い合わせがあった。東北大学以外の先生に審査員に入ってもらうことが可能らしい。専門分野というのは、高度になればなるほど細分化してしまうので、確かに、必ずしも博士論文の内容に近い分野を専門にしている先生が学内にいるとは限らない(私の場合も、東北大学内にはいない)。しかし、専門分野が同じ教員がいないからという理由で、学位申請を拒否するわけにも行かない。となれば、金銭的には赤字になるが、学術の進歩発展という観点からも、それなりの専門家を審査員に入れられるというのは優れた制度だ。ただし、審査される側の希望だけでなく、審査する側の教員でも外注したいという希望は出せるべきだ(出来るのかも知れない)。専門外の論文を読んで評価するというのは、とても大変な作業である。
 私は「希望しません」と回答した。一度会ってみたい研究者がいないわけではなかったし、その方とじっくりお話しをするいいチャンスだとは思ったが、私ごときの論文で、外部の先生にも、その手配をする東北大学の先生にも、大学(事務)にも迷惑はかけたくなかった。「先生方の手を煩わせることが最少限となるようにして下さい。」と書き添えた。
 時間は戻るが、1月末に、印刷屋から製本された学位論文を受け取った。なにしろ、かなり繰り返しチェックし、推敲を重ねたので、さすがに間違いはなかろうと思っていたのだが、美しく製本された論文を見ると、他人の作品のように客観的な目で見られるものである。すると続々と問題が見つかり始めた。この時のことには、表現をぼかしながら2月7日の記事に書いたのだが、その時私は見つけ出した間違いを「大小取り混ぜ20箇所以上」と書いたが、それは嘘。恥ずかしいからそうしか書けなかったのである。誤字、書式のズレ、引用文の写し間違い、書いたはずのフレーズの欠落など少なくとも50箇所は下らない。しかも、表現や内容の不足など、際限なく後から後から直したくなる。口頭試問対策もかねて、私は論文データの修正に没頭した。
 加えて、口頭試問だ。当然、質問だけではなく、様々な内容上の問題点を指摘される。すると、それらの点についても直したくなる。仮に学位の授与が認められた場合、国会図書館大学図書館に納本されるとなればなおさらだ。まず間違いなく、それを手に取る人などいないだろうとは思ってみるが、絶対に人の目に触れない、という保証はない。
 口頭試問の後で、私は論文の差し替えを認めてもらえるようお願いした。教授からは不要だと言われたが、プライドが許さないというなら納本前に提出するように、とも言われた。私は試問後も相当な時間を費やして手を加え、改めて印刷屋に製本を依頼した。改訂版を発送したのは、票決の翌日、今月12日のことである。
 さて、3月31日の午後には、4人の先生による口頭試問が行われた。なにしろ、「学位を出せないと思ったら受け取らない」という約束で受け取ってもらった論文である。口頭試問は出来レースだった。課程博士の論文に比べれば、やはりよく手間のかけられた労作だとか、事前に指摘した問題点を、短時間で非常に適切によく解決した、と評価していただいた上で、引用の訳の問題が中心に指摘された。まだまだ語学の実力が問題だ、という指摘は厳しかったが、雰囲気としては至って穏やかなものだった。2時間半ほどで終わると、審議をするので一度廊下に出るように言われ、30秒ほどで部屋に呼び戻されると、4人一致して「学位を与えるにふさわしい」という答申を出す、と結論が告げられた。この答申は、4月上旬の何とかいう会議でまず審議され、5月11日の研究科委員会における票決によって最終決定になる、という話だった。
 ここで、お金のことを書いておこう。学位の申請には15万円もの審査手数料がかかる。もっとも、私の場合、卒業生だからということで半分が免除となるが、それでも7万5千円だ。加えて、製本代がバカにならない。1月に提出用3部+αを印刷屋に頼んだ時は、5万円あまりかかった。更に、今月、改訂版を製本した時は、少し部数を増やしたこともあって、8万円あまりかかった。都合、21万円ほどである。
 これは決して安くない。しかし、私には回収の目算があった。博士号を取って県に申請すると、1年間の昇給短縮があると聞いていたからだ。私くらいの年齢にもなると、1年昇給が前倒しされたからといって、給料の上げ幅は月に1000円ちょっとというささやかなものである。それでも、定年までの残り6年、ボーナスも含めて全てにその1000円が反映されてくる。更に大きいのは退職金だ。これも計算のベースが月給である。だとすれば、生涯賃金で考えると、「もうかる」とまでは言えないまでも、申請に関わる直接の経費だけは十分まかなえる、というわけだ。
 ところが、今回、改めて法令集を確認してみると、確かに、大学院博士課程を出て博士号を取得し、教員として採用された場合、修士より3年長く大学にいただけなのに、4年分高いところから初任給が始まる。昇給1年短縮と同じ扱いだ。ところが、一度採用された人間が、現職のまま論文で博士号を取った時についての規定はないことを知った。これは非常に不合理である。が、おそらく、そのような事態が想定されていないだけのことであろう。初任給についての前歴換算ルールを類推適用すれば、私は1年昇給短縮が実現するはずである。今日、あわてて、校長から県に問い合わせてもらったが、即答できないとのことだった。法令にない以上、特別扱いは出来ない、と言われてしまえば、私は21万円を回収できなくなってしまう。好きでやったことなのだから、虫のいいことを考えるな、と言われれば確かにその通り。それでも、なんだか釈然としない。(続く)