調律とは何か?(1)

 というタイトルはひどく偉そうである。が、成り行き上そうしただけであって、たいした深い知識があるわけではない。素人学問と思ってご容赦下さるとともに、間違いがあれば指摘していただきたい。

 私が「調律」とは何かということを始めて知ったのは、わずかに15年ほど前のこと。藤枝守『響きの考古学−音律の世界史』(音楽之友社)という本を読んだ時であった。が、そもそもなぜこの本を読んだかというと、誰かが言及していたといった事情があったはずなのだが、そちらはどうしても思い出せない。中に書かれている周波数の比率や、音の幅を表すための便宜的な単位(セント)の差を、著者の説明に従って検算して確かめながら、ずいぶん長い時間をかけて熟読した。それだけの面白さがあった、ということである。自分自身の復習もかねて、調律が何かということを整理しておこう。
 ピアノの鍵盤を見てみると、1オクターブには13の鍵盤がある(下のドと上のドは「同じ音」なので、12と言うのが正しいかも知れないが、それだとオクターブが完結しないので、13ということにしておく)。人間の耳というのは、音の高低を差ではなく比で感じ取るという性質を持っているのだが、上のドは、下のドの2倍の周波数になる。2:1だ。これは弦楽器の場合、弦の長さを半分にすることで得られる。更に、人間の耳は周波数が単純な(小さな)整数比の音ほど調和(協和)して聞こえるという性質があるので、2:1の次に単純な比、すなわち3:2の音を考えてみる。これは下のドを基準にした場合、弦の長さを3分の2にすることで得られる。実は、こうして作り出されるのがソの音だ。周波数では2分の3倍(1.5倍)。つまり、下のドを1とすると、ソの周波数は3/2(=1.5)である(ド×3/2=3/2=ソ、と表せる)。次に、こうして作り出したソを基準にして更に3/2倍の音を作ると、3/2×3/2=9/4となり、2(1オクターブ)を超えてしまうので、周波数を半分にすると1オクターブ下の音が作れるという規則に従い、1/2を掛けると9/4×1/2=9/8となる。2を超えた時は、常にこの操作をする。最初に作ったソは、ドよりも半音7個分高かったので、今回も半音7個分高いとすると、9/8はレの音である。このような操作を繰り返してみよう(非常に分かりにくいと思うが、私も苦労したところなので、鍵盤をにらみながら自力で検算することをお勧めする)。

ド(1)×3/2=3/2=ソ
ソ×3/2=9/4(×1/2)=9/8=レ
レ×3/2=27/16=ラ
ラ×3/2=81/32(×1/2)=81/64=ミ
ミ×3/2=243/128=シ
シ×3/2=729/256(×1/2)=729/512=ファ♯
ファ♯×3/2=2187/1024(×1/2)=2187/2048=ド♯
ド♯×3/2=6561/4096=ソ♯
ソ♯×3/2=19683/8192(×1/2)=19683/16384=レ♯
レ♯×3/2=59049/32768=ラ♯
ラ♯×3/2=177147/65536(×1/2)=177147/131072=ファ
ファ×3/2=531441/262144 

 さて、ここまで来たところで、最後の531441/262144を小数に直すと、2.0273となって、かなり整数「2」に近い。この後、同じ計算を続けても、常識的な範囲(例えばピアノに付いている約7オクターブの範囲)ではこれ以上2の累乗倍である整数に近づくことはない。だとすれば、これを「2」すなわち1オクターブ上のドと考えなければ、違いを聞き取ることがほとんど出来ない新しい音が無限に生まれ続けるだけで、オクターブの繰り返しという秩序は生まれない。そこで、先人はこれをドとしてオクターブを完結させた。1オクターブの13の音は、こうして出来上がっているのである。
 ただし、1オクターブが13音でなければならないなどという決まりはない。ヨーロッパ人がそうした、というだけの話である。3/2以外の数を掛けるだけで、違う音を生み出すことは可能なので、世界にはその枠に収まらない全く違う音律もあるし、前衛的な作曲家の中には自分だけの音律を作り出して使っている人もいる。今回は問題にしない。(続く)