がんばれ音代漁業!

 2月1日、宮城県は高校入試(前期選抜)であった。1時間目、国語の試験を実施している最中、私は監督に当たっていなかったので、終了後早々に始まる採点を前に、普段仕事部屋にしている進路指導部室というところで雑務を処理していた。電話が鳴った。一緒に仕事をしているM嬢が受話器を取った。いつも通りの会社対応なのだが、急に声のトーンが落ちた。そして「そのようなお話は私がお聞きするわけにはいきませんので、平居に替わります」と言って受話器を差し出してきた。これは変だ。M嬢が話をしているのを聞いて、外線だということは分かったのだが、そもそも、入試の日はよほど緊急重大な内容でなければ、事務室が外線を取り次がないことになっているからである。いったい何だろう?

「もしもし。」
「あ、平居先生。Hです。」
「どうも、その節はありがとうございました。お元気ですか?」
「それが先生、今日は大変申し訳ないことでお電話差し上げたんです。実は昨日、うちの会社が不渡りを出してしまいまして、これから会社がどうなるか分からんのです。それで、春からA君に来てもらうことになっていたんですが、今やったら卒業式まで1ヶ月ありますし、内定を取り消させていただいて、A君に別の会社を探してもらった方がええんちゃうか、と思ってお電話差し上げたんです。」
「えぇっ!?」

 申し訳ないが、私が驚き心配したのはAではなく、会社の方である。既にあちこちで報道されているので、会社名を出してもかまわないだろう。静岡市清水区にある音代漁業という会社である。多くの報道では、「カツオ一本釣り漁業の大手」と紹介されていたが、カツオ船のみならず、巻き網船も所有し、捕ってきた魚で自社ブランドの加工品も作っている。一昨年も卒業生を採用してもらっている。「その節は」と書いたとおり、昨年11月末に訪ねた。もともと三重県の私の父の実家がある町の会社だということで話が合い、専務のHさん、顧問のYさんと1時間以上も楽しくお話しし、最後にはその会社で作っているツナ缶をたくさんいただいて帰ってきた。会社の経営が厳しいという雰囲気は微塵もなかった。
 たまたま最近、池井戸潤の『かばん屋の相続』(文春文庫)という本を読んだ。銀行員が、綱渡り的な経営を続け、融資を求める会社と駆け引きをする、というような6つの短編が収められた本だ。銀行の冷酷な打算と資金繰りに苦労する中小企業の確執がよく描かれている。おかげで「不渡りを出す」ということがいかに切羽詰まった、深刻な事態を意味するかが、それ以前に比べれば多少は分かっていた(小説だから「真」とは限らないけど)。世の中では、信じられないほど多くの会社が、日々生まれては倒産している、ということも知っていた。しかし、会社がつぶれるということをこれほど生々しく、身近に感じたのは初めてのことだ。私は、昨秋のHさんとの会話を思い出しては、あの会社が深刻な経営危機に陥っているという状況に当惑した。
 一昨日の『水産経済新聞』によれば、9日に民事再生法の適用を申請し、「漁労部門に特化し、関係者各位のご支援を得られれば必ずや再建は果たせると確信している」とのコメントを出したらしい。そして、今日の午前が債権者説明会であった。負債総額は約32億円。私はそういう会に出たことはないけれど、会社の側は相当厳しく責められるのだろう。もちろん、債権者の側も生活がかかっているわけだから、それは当然であり仕方のないことなのだけれど、電話口でのHさんの憔悴しきったような声を思い出し、債権者説明会の状況を想像しては胸が苦しくなってきた・・・。
 働いている卒業生のことも心配だ。しかし、やはりそれよりは、200人を超える従業員(とその家族。1000人にもなるだろう)、HさんやYさん、そして会社のことが気になる。私に何が出来るわけではないけれど、音代漁業、うまく再建できるといいなぁ。手に汗を握る気分だ。