W.C.カラス(1)

 石巻に「La Strada」というライブハウスがある。相澤さんという、なかなか不思議に面白いご夫婦が経営者だ。私はカンケイマルラボ(→こちら)で何度かお会いする機会があり、「いずれお店にも伺います」などと言いながら、特に興味のある出演者がいないこともあって、そのままずるずると時間ばかりが過ぎていた。その「La Strada」に、昨晩、妻と連れだって、初めて行った。
 W.C.カラスというのが昨晩出演した目当てのミュージシャンだ。彼が来ることを、私は自宅から駅に行く途中に貼ってあるポスターで知った。7月15日、あいにく部活で山に行かなければならない日だ、とあきらめていたところ、諸般の事情で部活が延期となり、行けることになった。
 W.C.カラス(53歳)という同年代のブルース歌手を、私は2013年12月5日の日本経済新聞で知った。文化欄に「聞け木こりのブルース −汗と油と泥のなか、労働の日々から歌を切り出す−」という大きなインタビュー記事が出たのだ。


「富山でずっと音楽活動をしてきた私が木こりになったのは10年前だ。(中略)木こりの仕事と出合ったのはたまたまだ。職安で臨時雇用の口を見つけたのがきっかけ。行ってみたら面白かった。一人でやれるし、木を切るのは自分に向いていた。すさんだ気持ちが晴れ、上を向けるようになった。木を切るとはその命を絶つことだ。こちらも命懸け。いつ下敷きになってつぶされるか、一寸先は闇だ。だが体を使って働いている実感がある。(中略)歌は特別なことじゃなく、日常や、日々の労働とともにあるものだ。木こりの仕事から『軍手の煮びたし』という歌も生まれた。
『軍手の煮びたし、軍手の煮びたし、汗と油で煮含められた、油と泥で煮含められた』
という歌詞で始まる。自分で言うが、命を賭けて働いているから書ける歌だ。他のやつが歌ったらただの嘘か、コミックソングになるだろう。(中略)今までは前座がほとんどだったが、今はお客さんが私を観に来てくれる。プロの名に恥じないステージをやりたい。ライブがあると明け方家に帰って、また山へ行くのは大変だけれど。」


 これを読んだ瞬間、私の頭に浮かんだのは有島武郎の『生まれいずる悩み』である。
 ある日、札幌に住んでいた「私」の所に、「君」が絵を見せに来る。「私」はそれを見て驚く。「少しの修練も経てはいないし幼稚な技巧ではあったけれども、その中には不思議に力がこもっていてそれがすぐ私を襲ったからだ。」
 「君」のその後を気にし続けていた「私」の所に、それからちょうど10年経ってから3冊のスケッチ帳が届き、それを追いかけるように「君」からの手紙が届いた。「イツカあなたニ絵ヲ見テモライマシテカラ、故郷で貧乏漁夫デアル私ハ、毎日忙シイ仕事と激シイ労働ニ追ワレテイルノデ、ツイコトシマデ絵ヲカイテミタカッタノデスガ、ツイカケナカッタノデス。」
 『生まれいずる悩み』は私小説であり、「私」は作者自身、そして「君」のモデルも判明している。木田金次郎という人だ。奇しくもW.C.カラスのインタビュー記事が出たのと同じ2013年、2ヶ月半ほど早い9月20日に木田金次郎についての記事が、やはり日経の文化欄に出た(岡部卓・「木田金次郎美術館」学芸員筆)。
 以来、私の頭の中ではW.C.カラスが木田金次郎の生まれ変わりとして重なり合い、成長を始めてしまったのである。そして、わざわざ富山に行くのは難しいが、いずれ何かの折にこの人のライブには行ってみたいと思い続けていた。意外にもそれからわずか(?)3年半、意外にも石巻の、意外にも知り合いの経営するライブハウスでそのチャンスを得ることが出来るとは思わなかった。生徒がぐずぐずと準備をせず、山に行く予定が流れてくれたのも助かった。(続く)