W.C.カラス(2)

 「La Strada」は、石巻市中心部のとあるビルの2階にある。最大で50人くらいしか入らない小さなライブハウスだ。
 どれくらい混むのか分からなかったので、開場直後の19:05に行った。客は数人だった。ホーム・ページでは19:30開演と書いてあるのに、受け付けでもらった紙には19:00と書いてある。??しかし、実際19:05の時点では始まっていない。それから数分してから、前座の演奏が始まった。「インチキンハーツ」という3人組のバンドと、コヤマノブユキという人が、相次いで舞台に出た。ただのおじさん、おばさんといった体の人たちだ。お待ちかねのカラスは、ギター2本を下げて、20時前くらいにようやく登場。この時、客席にいたのは、前座の出演者も含めて20人くらい。
 日経の記事によれば、「カラス」という名前は、幼馴染みの音楽仲間・ジャンピン正吉という人が、髪も顔も人より黒いという理由で付け、「W.C」は「ワイルド・チャイルド」の略であり、フォーク歌手・高田渡の「歌は排せつ物のようなもんだ」という言葉(W・C=トイレ)にも基づくという。私は体の大きなギラギラしたような感じの人を想像していたが、実際には小柄で、茶髪で、爽やかで癖のない善人風の人である。歌も話も、木こりとしての日常が前面に出てくるのかと思っていたら、木こりにも、彼の日常生活にも触れることなく前半が終わった。
 後半になると、木こりの話が出てくる。ところが、それは次のような感じである。


「私は(音楽専門誌ではなく)一般紙(誌)の取材をよく受けるんですよ。たぶん『木こり』ってのがいいんですよね。ミュージシャンには他に仕事を持っている人結構いますけど、サラリーマンやコンビニでバイトっていうんでは、どうしても記事として面白くないでしょ。一時、正社員として働きもしましたけど、今は契約労働者としてかなり自由な立場です。ライブがあれば仕事に行かなくってもいいですから、助かります。・・・」


 とりあえず、この辺で私の妄想はガラガラと崩れていった。木こりとしての厳しい日常の中で、限られた時間をいとおしみながら、表現せずにはいられない自分の胸中を歌として吐露する、切実な生活感情と、表現への切羽詰まった意欲とが濃厚に凝縮されて「歌」になる、といった木田金次郎風の美談は、探しても見つかりそうな感じがしない。
 がっかりしなかったと言えばウソになるかも知れないが、そのがっかりは決して強いものではなかった。理由は2つある。
 ひとつは、別にカラスが悪いわけではないからだ。ははぁ、やっぱりマスコミはマスコミだな、という思いが強かった。読者の欲しがるものを嗅ぎつけ、ストーリーをでっち上げていく。ウソは書けないので、当たらず遠からずの範囲で、きわどく潤色するのだ。思えば、「林業に従事」とは書かず、「木こり」と書くあたりで、既に読者の顔色伺いは始まっているわけだ。「木こり」に半ばだまされ、幻想を抱いてしまった私にも罪がある。カラス自身は、ステージでそのような事実を隠そうとはしない。
 もう一つは、カラスのギターも歌も、プロと称するに足るだけの水準に達していたからである。プロと言うに値しない人が、「木こり」という肩書きで人の好奇心を刺激し、音楽の質の不足をごまかしてミュージシャンとして生きているわけではないのである。上手い!彼が再び石巻に来たら、おそらく私はまた行くだろう。その理由は、ひとえに彼の演奏の質の高さによる。彼のギターを、声を聴くことそのものが快感だった。(続く)