「役に立つ」考・・・平居の朝学プリントより

 今勤務している塩釜高校には、朝学習という時間がある。正規の生徒始業時刻は8:35なのだが、実際には8:25登校が義務づけられていて、10分間の課題に取り組む。誰が出席を取っているわけでもないのに、生徒はほぼ100%その時刻に来て、黙々と作業をしている。私は、偉いなぁ、と感心したり、ちょっと従順すぎるんじゃないの?と心配したり、といったところだ。
 課題は日替わり、火曜日と水曜日が「作文」ということになっている。生徒は学年の担当者(社と理)が用意した新聞記事を読み、二日がかりで短い意見文を書く。私が国語の教員だから、というのではなく、副担任として自分のクラスの生徒の作文に目を通すことになっている。添削はするにせよ、解説が必要なことも多々あるのだが、それをする時間はない。なんだかもったいないので、私は4月以来、返却の際に、いちいちA4裏表に及ぶ「解説」を配っている。書き溜めれば『必携!平居の小論文』なる参考書も世に出るのではないか?という気がなくもない(笑)。既に20枚ほど書いた。
 今週の課題文は、昨年12月27日付朝日新聞の「折々のことば」(鷲田清一筆)である。中野翠『この世は落語』から「いまは『ためになる』とか『役に立つ』以外のものは存在しちゃいけないような風潮があるけれど、私はそれがどうにも不愉快なんです」という言葉を引いて、鷲田氏があまり意味のないコメントを加えている。出された問題は次のとおりだ。

【作業1日目】〈「ためになる」とか「役に立つ」以外のものは存在しちゃいけない風潮〉の例として思いついたものをいくつでもあげよ。
【作業2日目】この風潮について、自分の経験もまじえて意見を書きなさい。

 今回私が「解説」として生徒に配ったプリントを以下に紹介しておこう。作文に関する技術的なことがほとんどなく、問題が内容的に日頃の私の問題意識と重なっていて、しかも生徒の解答がメチャクチャだったからである。

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 課題文・問題の意味がよく分かっていない人がほとんどだったようです。原稿用紙1枚に満たないような短い文章でも、読むのはなかなか難しいものですね。

【作業1日目】について

 出て来た答えは・・・
・テレビのニュース以外の番組  ・人間  ・ゲーム  ・漫画  ・たばこ
・酒  ・麻薬  ・盗み  ・百人一首やカルタ  ・古い製品  ・ミサイル

 なかなかの珍答・奇答!〈「ためになる」とか「役に立つ」以外のものは存在しちゃいけない風潮〉が二重否定になっていて、実際には〈「ためになる」とか「役に立つ」ものだけが存在しなければならない〉の意味であること、その中で、〈存在しなければならない〉と思われているものは何か?というのが問題であることが分かってない人が多かった、ということです。短く、用いられている言葉が極めて平易でも、内容を理解することは難しい!その典型的な例でしょう。

【作業2日目】について

(作品例1)
「ニュース番組は、情報を知る上で役に立つ。しかし、それ以外のバラエティー番組やドラマなどは、役に立つかと言われたら、そうとは言い切れない。しかし、バラエティー番組やドラマでも、考えさせられることや得られることは多々ある。「存在しちゃいけない」なんてあるのだろうか?」

(作品例2)
「私は「ためになる」とか「役に立つ」以外のものは存在しちゃいけないというこの風潮は、ない方が良いと考える。
 なぜなら、漫画を読んだりゲームをすることで、子どもにとっては勉強の合間の息抜きとなったり、友達との会話の話題になると考えるからだ。
 たしかに、祖父など大人からは、ゲームや漫画は良くないと言われ、スマホを使っていることで学力が下がっているという結果が出ている。
 しかし、時間の配分によっては、勉強に集中して取り組めると言うことができると考える。
 よって私は、「ためになる」とか「役に立つ」以外のものも使い方によっては「ためになる」「役に立つ」ものになると考える。」


 不思議な作文です。上の場合、「情報を知る上で役に立つ」は「役に立つ」で、「考えさせられることや得られることは多々ある」のは「役に立つ」ことにならないのでしょうか?下も同様。「ためになる」「役に立つ」以外の代表格として漫画やゲームを挙げた上で、「勉強の合間の息抜きとなったり、友達との会話の話題になる」と言います。これはごく普通に考えて、「役に立つ」ことにはならないのでしょうか?実は、他の作文も全て似たり寄ったりです。
 ここにある問題は「ためになる」「役に立つ」とはどういうことか?ということですね。上はまったく不明。下は「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」で、適度なら「役に立つ」、過度なら「役に立たない=害になる」と考えているようです。そのような基準を明確にできると、この作文はよかった。
 さて、それを考えるためには、作者によって「存在しちゃいけない」と考えられている「ためになる」「役に立つ」以外のものの例(=役に立たないものの例)を正しく挙げる必要があります。残念ながら課題文からそれを読み取ることはできず、自分で意味を考えながら探さなければなりません。
 皆さんの解答がパッとしないので、私が例を提示します。最も分かりやすいのは・・・
「(自分の受ける)大学の受験科目にない授業」でしょう。
 私が見たところ、3年生には「こんな科目必要ねえし・・・」とぼやいている生徒が少なくありません。先生たちも、試験を動機付けの材料によく使います。科目選択などという制度も、必要ないものを排除するシステムであることが少なくありません。私が高校時代は、理科も社会も全科目必修でした。今のやり方は、「必要ないもの」を排除した結果と言えそうです。しかし、受講する科目数が減るということは、教養に偏りが生じるということです。教養の偏りは、民主主義を支える上で重要な社会的判断を狂わせるはずです。しかし、そのような問題が表面化するのは数年後、数十年後になるでしょう。因果関係も明瞭でないに違いありません。だからこそ、みんなが「役に立たない!」と気軽に言うのです。
 次に鉄道(ローカル列車)を考えてみます。新幹線は1時間に数本も走っているのに、ローカル線は1日に何本というところが少なくありません。需要がない=「役に立たない」と考えられているからそうなるのですが、なぜローカル線が衰退するかと言えば、車の方が速くて便利だからです。しかし、鉄道が車に比べて「地球に優しい」乗り物であるとはよく言われることです。確かに、車の方がよりいっそう「役に立つ」乗り物かも知れませんが、そのツケは、表れるとすれば何十年後かになるはずです。
 以上のように考えてくると、一般に「役に立つ」というのは「今すぐ役に立つ」という意味だと分かります。しかし、「今すぐ役に立つ」ものは、「すぐ役に立たなくなる」どころか、「遠い将来にダメージを与える」ものであり、「今すぐ役に立たないもの」は、「将来役に立つ」ものであるのかも知れません。
 つまり、もう一度確認すると、「今すぐ役に立つ」と「将来役に立つ」は必ずしも一致しない、むしろ矛盾するのかも知れない、ということなのです。そして、中野さんが問題にしているのは「今すぐためになる」「今すぐ役に立つ」ことばかりを追い求める風潮について、なのです。皆さんが考え切れていないのは、このような2種類の「役に立つ」の区別です。
 「役に立たないものはない」「役に立たないものも重要だ」・・・ほとんどの人がこのような結論を述べているのは、私には意外であり、好ましく思えました。しかし、日々の生活で本当にそのような姿勢で生きていますか?楽な生活をするために、「今すぐ役に立たない」ものを捨てようとはしていませんか?「今すぐ役に立つ」ことを求めて、将来起きるかも知れない悪影響を軽視していませんか?私がよく言う「便利と楽を信用しない」というのは、実は同じことなのですよ。