六甲山全山縦走路を歩く

 今日はついに「ホーホケキョ」が聞こえた。梅の花も一気に満開。

 さて、兵庫の続きである。
 バスが大阪駅に定刻より10分ほど早い6:55に着くと、私はあの大好きな阪急電車(→解説記事)に乗り、まずは宝塚に行った。ここからJR山陽本線の塩谷駅まで、六甲山脈を縦走しようという計画であった。
 おそらく中学生の時だったと思うが、父が購読していた山岳雑誌『岳人』で、私は六甲山全山縦走大会というイベントがあることを知った。それは同時に、六甲山に東西を貫く一本の縦走路があることを知ったことでもあった。それから約40年。時間の都合がつかないとか、計画を立てると雨が降るとか、いろいろな事情があって、今に至ってしまった。
 神戸の街から至近に見えるからといって、馬鹿にしてはいけない。何しろ距離が約55㎞(←50㎞に満たないという説もあり)、累積標高差が2500mもあるのである。最初にこの縦走路のことを知ったのが縦走大会の記事だったということもあって、一気に歩き通すのが当たり前、それ以外のやり方は邪道だと考えてしまったことが、敷居を非常に高いものにしてしまった要因だろう。この間、私は六甲山系を部分的に歩くということさえしてこなかった。
 今回、未明から歩き始めるわけにはいかないということもあって、さすがに1日で完歩は無理だと思い、2日間という時間を確保した。なにしろ神戸の裏山である。バスの走る道路やら、ケーブルカーやらロープウェイやらがあって、行動を中断して下山し、翌日続きを歩く、というのが容易なのである。宝塚を起点にして、最悪でも摩耶山、あわよくば鵯越(ひよどりごえ)まで1日で行けると、2日目が楽になるな、と思いながら歩き始めた。幸い、土日は最高の天気が予想されていた。
 結局、次のように歩き通すことができた。

【3月24日】
阪急宝塚駅7:55〜8:35岩倉山〜9:15大平山〜10:35六甲最高峰(931m)10:40〜11:20ガーデン・テラス〜12:10三国池の下12:27〜天上寺〜13:05摩耶山(掬星台)13:15〜14:28大龍寺〜15:02鍋蓋山〜15:50菊水山16:00〜16:45神戸電鉄鵯越
【3月25日】
神戸電鉄鵯越駅8:02〜9:02高取山9:10〜那須与一墓〜10:37東山〜須磨アルプス〜11:05横尾山〜11:17栂尾山〜11:45高倉山12:05〜12:20鉄拐山〜12:32旗振山(鉢伏山往復)12:55〜13:30JR塩屋駅
 
 書いた以外にも休憩は短時間ながら時々取っているし、天上寺、那須与一の墓と那須神社、大龍寺など立ち寄って見るべき所はしっかり見ている。相当なピッチで歩いていたのは確かだが、それでも少々あっけないくらい早く終わってしまった。とは言え、これを1日で歩けと言われたら?・・・それはさすがに厳しい。いくら寄り道をせず、荷物をもう少し減らせたとしても、である。
 道はとても歩きやすく整備されている。しかも、ごく一部を除き、さほど人工的でもない。道標は山中でこそ過剰なくらいに設置されているが、何度か住宅地に下りる所があって、そこは道標が少なく、分かりにくい。特に、宝塚駅から岩倉山までは、車道と山道があり、その山道が山岳地図(昭文社)に載っていない上、入り口に道標がない。方向が合っているから大丈夫だろう、塩尾寺(えんべいじ)の門前あたりで車道に合流し、そこから縦走路に入るに違いない、と思って進むと、塩尾寺を通過し、岩倉山で縦走路に出た。鵯越駅から高取山の登山口までも分かりにくかった。ごく稀に、電信柱に「←全縦」とだけ書かれた小さなプレートが付けられていたりする。それで十分なのだから、もう少しあるといい、と思った。
 もっとも、私は元々、頼るべきは地図だ、道標などという過剰サービスは登山者の読図力を低下させるから設置する必要なんてない、と言っている人間である。しかし、2万5千分の1地形図も含めて、登山道の表記は正しくない場合が多いし、都市部は状況が変化しやすい。得体の知れない枝道が多いのも里山の特徴だ。スムーズな移動に、道標はやはりありがたい。
 「六甲山全山縦走路」とは言っても、それを歩けば六甲山系の全山に登るかと言えば、まったくそんなことはない。六甲山系にはおびただしい数のピークがあって、私が踏んだのは哀しいほど一部である。六甲山系にあり「○○山」と名前のついている山で、私が頂上を踏んだ山はおそらく30分の1にも満たない。「全山縦走路」とは、あくまでも、山脈の端から端までをできるだけ直線的に、尾根を伝って歩ける場所に付けた便宜的な名前なのだ。
 縦走路のほとんどは森の中の道で、視界は開けないが、ピークはそれなりの見晴らしの場所が多い。白眉は摩耶山である。ここは、神戸の夜景を見るための最も有名なスポットになっていて、ロープウェイで容易に登ることが可能だ。その展望台を「掬星台(きくせいだい)」というのは、神戸の夜景が「星を掬(すく)う」ことが出来るように見えるからだと言う。確かに、夜景を見に行ったら美しいだろう、と思わされた。
 縦走路のちょうど真ん中あたりに、六甲山小学校という学校がある。事前に地図を見ながら、周りに住宅地があるわけでもなく、いや、今や住宅地があってさえ生徒数の減少がひどいのに、なぜこんなところに小学校があるのだろう?と思っていた。今回、近くにある商店で尋ねてみると、特に学区というものはなく、多くの生徒が山の下からケーブルカーで通ってくるのだという。以前は、もっと遠くからも来ていたが、非常に人気があって、児童数が増えすぎるので、今は神戸市内からに限定しているらしい。豊かな自然環境を生かした教育が売りで、児童数も少ない(各学年10名ほど)ので、下界で学校不適応を起こした子なども来るのだそうだ。恐れ入る。
 ハイライトは、やはり六甲山最高峰と須磨アルプスだろう。ガーデンテラスといういかにも観光地然とした、おしゃれなレストランなどが建ち並ぶ所のすぐ近くに889mの三角点があり、有馬温泉から上ってくるロープウェイの駅が、ケシカランことに「六甲山頂」なので、それとはっきり区別するためにわざわざ「六甲山最高峰」などと呼んでいる。しょせん931mだが、頂上は広い裸地になっていて見晴らしがいい。
 須磨アルプスとは、東山と横尾山の間にあるやせ尾根である。風化した花崗岩がやせ尾根を作り、住宅地を別にすれば、全山縦走路の中でほとんど唯一、森の中ではない場所を歩く。危険なので注意するように、というような看板が手前にあり、「なに、たいしたことあるものか」と思っていくと、少し驚く。尾根が本当に狭い上、ずるずる滑ったり崩れたりしそうな場所なのだ。本当に危ないと思ったのは、わずか2〜30mくらいのものだが、どこかの2000m峰、3000m峰の岩場に付けられた登山道よりも「怖い」と思った。
 念願かなって「全山縦走」はできたわけだが、終わってからまじまじと地図を見ると、自分が歩いていない場所の多さと、全山縦走路以外の場所の魅力がひどく気になる。いい季節に時間を取って神戸まで行くのは大変だが、何かのついでに、また別のルートも歩いてみたい、という気がしてきた。結局、今回のは「序章」だ。