「成長」のロマン

(9月11日付「学年だより№18」より)

 月曜日は痛い休校だった。私達教員も人間。授業がなくて楽ができるのは嬉しい、という気持ちがないわけではないが、さすがに、夏休み明け、第2回考査まで19日しかない授業日数が更に1日減るのは、進度との関係で困る。生徒のいない学校の職員室では、「困ったねぇ」という声が何度も聞こえていた。本当に、困ったねぇ。
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 金曜日の夜、ソフトバンクの千賀滉大投手がロッテ戦でノーヒット・ノーランを達成したことが、大きな話題となった。翌朝の新聞各紙を見れば、例外なく「育成出身で初」ということがクローズアップされている。
 大半の諸君は知っていると思うが、「育成」とは、将来的可能性を多少評価して、練習の面倒は球団が見るが、選手とは認められない、いわば「準選手」である。支配下登録契約を結ばなければ、公式戦には出場できず、背番号は3桁で、在籍は最長でも3年(芽が出なければクビ)。あれだけの体と運動量を支えなければならないのに、給料は諸君が高卒で就職した場合とさほど変わらない。その「育成枠」に、2010年、千賀は第4位指名(正規のドラフトから数えると10番目)で入団した。ちなみに、金曜日にその千賀の球を受けていた捕手の甲斐は、同じ年にやはり育成の6位で入団している。
 千賀がノーヒット・ノーランへのピッチングを続けていた同じ時間に、韓国ではU-18の世界大会が行われていたが、こちらにはドラフト上位指名候補がずらり勢揃い。彼らは、指名されれば1億円前後の契約金をもらい、18歳にして年収は私の2倍近い。絶えず世間からの注目を浴び、試合で使ってもらえるチャンスも多い。
 しかし、ドラフト1位で入団しても、その後活躍できずに消えていく選手は少なくない。一方で、下位指名からでもスター選手は現れる。イチローが4位だったというのは有名な話だが、例えば「楽天」でも・・・。
2008年:1位藤原=5年間に6勝して引退。
      6位辛島=今や主力投手。通算50勝が目前。
2011年:1位武藤=6年間に4勝で引退。
      6位島内=レギュラーに定着し、主軸を打つ。
 優れた「目利き」とされるプロのスカウトが、高校野球の下部大会やリトルリーグにまで足を運び、家族の状態をも観察して、熟慮の末にドラフトでの指名候補を決定する。それでも、その後、選手はその評価どおりに結果を出すとは限らない。だから面白いのだ、と思う。人間の成長や可能性についてのロマンを感じるではないか。
 そう思う時、千賀投手のノーヒット・ノーランは燦然と輝く。だが、その背後には、自分の可能性を信じ、逃げることなく練習に取り組んだ苦しい時間があったに違いない。

【「選択」について考える・・・選べるって本当にいいこと?】

 諸君の来年度の選択は比較的スムーズに決まったが、2年生による3年次の選択は、選択肢が多いこともあって大変!!第4希望まで書いたのに調整しきれず、結局、夏休み中に抽選会まで開くことになってしまった。あ~ぁ、だから選択なんて止めればいいのに・・・。私はいつもそう言っている。
 かれこれ20年ほど前、わずかに3~4年間のことだが、私は仙台フィルハーモニーというプロオーケストラの会員券を持っていたことがある。年に9回ある定期演奏会の一括予約だ(楽天の年間シートみたいなもの)。これは貴重な体験だった。
 普通のチケットを買ってだと、自分が好きな曲や興味のある客演奏者の時しか行かない。一方、会員券を持っていると、興味の持てない演奏会にも足を運ぶことになる。そして、知らない曲や演奏者に意外な発見や感動をする。演奏会の前後にずいぶん予習復習もした。あぁ、なるほど世界が広がるというのはこういうことなのだ、と実感した。
 選択すると、入ってくる知識は「予想の範囲」のことが多い。期待するから、それが裏切られてがっかりするということも起こりがちだ。選択の余地がなければ、もともと期待がないから「がっかり」はあまり起こらず、予想外の発見に感動する可能性が高まる。
 世の中には「選べる」ということが絶対的に善であるかのような風潮があるが、服の色やカレーの辛さならともかく、選べない方がいいことだってたくさんある。いろいろな事情があって、「選択」が廃止になったりはしないだろうが、まじめに勉強する気があったら=自分の世界を広げたかったら、「どれでもいい」という意思表示をするのも一つの手だ、と思うよ。

(裏面:8月15日付毎日新聞・科学の森「古くて新しい金属の『接合』」
平居コメント:このような工業技術であれ、その他多くの産業、学問、芸術、スポーツであれ、極限の世界というのは人の心をワクワクさせる。溶接=くっつける、というのは、「切る」と共に物作りを支配する基本作業で、だからこそ奥深い。諸君の中からも、きっと何人かは、間違いなく工場で溶接に携わる人が現れるだろう。)