初オンライン会議

 昨日の午後は、教職員組合の教文委員会というのに参加した。なんと、「オンライン」である。もともと、楽と便利=文明に対する不信感並々ならぬものがある上、新型肺炎問題が浮上してから、何かにつけて「オンライン」と言われるのが気にくわない。「オンライン・ミーティング」や「テレワーク」くらいは許せるが、「オンライン授業」あたりからもやもやし始め、「オンライン飲み会」だの「オンライン帰省」だのという言葉を聞くと、肺炎以上の体調不良に陥りそうになる。
 言っている人は、やむを得ない次善の策としてなのかも知れない(ちゃんとそう意識しているだろうね?)が、私には、「オンライン」にすれば何でも解決できる、という風に聞こえる。人間同士の付き合いは、いつの時代になってもアナログだ。直接向かい合わなければ、気持ちはなかなか通じない。
 というわけで、今回も仙台市内で集まることを強く主張したのだが、残念ながら「オンライン」となった。口実を作って欠席しようかな、とも思ったが、「食わず嫌い」もよくないから、一度経験した上で文句を言おうと思い直した。世話役がしっかりしていることもあり、メールで送られてきたURLをクリックすると、それだけでつながる。私くらいのICT音痴でも簡単、簡単。
 参加したのは10名。ただし、ひとつの画面に2人というのが2画面あったから、目の前のPCに映るのは8画面である。相手の姿もよく見え、声もよく聞こえる。家の中の家族の音などを拾わないように、みんな自分が話す時以外は消音(ミュート)にしているのだが、解除を忘れて話し始めてしまう人が時々いた。開始時刻に遅れて参加してきた人が、接続に手間取って10分くらいみんなで待ったのは、少しいらいらした。それでも、トラブルと言えば、まぁ、そんなところ。その程度である。思ったほどの隔靴掻痒感もなく、2時間弱の会議はそれなりにスムーズだった。
 しかし、である。今回、比較的スムーズにそれが出来たのは、次の3つの条件によっているだろう。
・お互いにとてもよく知っているメンバーだった。
・画面が8つしかなかった。
・議題が単純で、資料を配る必要もなかった。
 さて、これが知らない人相手だったら、参加者が20人以上いたら、話が込み入ったものだったら・・・、本当にうまく出来ただろうか?
 実は、私にとって最もストレスだったのは、自分の顔が常に映っていることである。会議の時に、普通、自分の顔は見えない。私は自分の顔が嫌いである。嫌いと言っては語弊があるが、録音した自分の声を聞く時と同じ違和感があるのである。日常、わざわざ鏡を見るなどということはめったにない。しかも、最近は自分の顔を見て「歳を取ったなぁ」と思うから、なおのこと嫌なのである。
 跳んだり走ったりということに関して、30歳前後の人に負けるということはあまりない。記憶力は怪しいが、好奇心や思考力は衰えた感じがしない。そのため、まだまだ女子大生とでも恋が出来ると思っている自分にとって、画面に映った自分の顔は衝撃的だ。それと2時間向き合うのは不愉快だった。
 会議が終わった後、「じゃぁ、一杯やりますか?」と言えないのも辛い。
 それでも、会議を開くためには往復4時間近くかけて教育会館(フォレスト仙台)まで行かなければならないので、ちょっとしたことであれば、自宅の机上で相談できるというのはいいかも知れない。いやいや、そうやって安易にミーティングが行われるようになると、2~3ヶ月に一度、往復4時間弱よりも時間を取られることにもなりかねない。「灰色の男たち」は常にしたたかなのだ。

 やはり、便利なものに安易に心を開くまい。いつも通り、文明を警戒する私であった。素直じゃない・・・?