奇妙で不思議な海洋ベントス・・・ラボ完全復活!

 昨晩はラボ・トーク・セッション第25回であった。コロナによる中断を経て、昨年10月から再開したラボは、飲食がしにくいという状況もあって、時間を土曜日の午後に移し、高校生の取り込みに努めた。ところが、残念ながら、高校生には参加の可能性が一切感じられない上、昼間は参加しにくいという声が何名かの大人から寄せられ、参加者数は低迷した。政府がコロナを5類に引き下げると言い始めたことでもあるし、会場の事情も許したので、今回は、完全に元の形に戻すことにした。すなわち、土曜日の夜に、飲食を伴う形で行う、ということである。そのかいあってか、あるいは講師もしくは演題の魅力によってか、今回はなんと1ヶ月前に「満席」となった。これは25回のラボの歴史の中で、初めてのことである。
 「初めて」と言えば、参加者からのリクエストによって講師を依頼した、というのも初めてのことであった。その講師とは、今年度から石巻専修大学理工学部で准教授となった若き研究者、阿部博和氏である。演題は「奇妙で不思議な海洋ベントスの世界」。
 ベントスとは、底生生物、すなわち海底もしくは海底の砂や泥の中に生息する生き物で、イソギンチャクやホヤ、ゴカイなどがそれに当たる。その中でも、阿部先生は特にゴカイ類を専門とする。
 リクエストが出るだけのことはあって、お話は極めて明快。きっちり1時間の中で、専門家にとっては自明すぎて説明の必要さえないが、一般市民にとっては必要な基本的知識も含めて、要領よく説明して下さった。
 お話の中には「~らしい」という推量表現がたくさん出てきた。このことは、ベントスの生態にまだまだ謎が多いことを表している。それらを解き明かし、断定形に変えていくことが先生の研究なのかと思ったら、必ずしもそうではないらしい。それ以前、と言ったらよいのだろうか。あまりにもベントスの種類が多く、未知が多すぎるために、一つ一つのベントスの性質を解き明かすどころか、未知の種類を見つけだし、分類することが研究の中心なのだそうだ。
 私が高校時代、生物部に所属している仲の良い同級生がいた。彼は、その時、部の活動について「僕等のやっていることなんて、まだ分類学だ」みたいなことを言っていた。つまり、分類学などというのは、40年あまり前で既に時代遅れの学問だと思われていたのである。ところが、ベントス研究の最前線にいる期待の若手学者が、それを研究の中心にしていると言う。もちろん、このことはベントスの世界のとてつもない広さを表している。
 先生によれば、多細胞動物は、体の作りによって34の動物門に分類されるが、陸上動物は11の門にしか存在しない。一方で、淡水生物は16、海水生物は32の門に存在している。先生は、このことこそ、生物が海から生まれたことを物語っている、と言う。そして更に、海水生物の中でも、ベントスは29の動物門に存在する。34分の29。つまり、ベントスの世界では、地球上の動物門の大半が見られると言っても過言ではない。なんだか、海にしか生物がいなかった太古の地球を、ベントスを通して眺めているようで、ワクワクしてきた。
 講演終了後、2次会の場も含めて、参加者が繰り返し話題にしていた衝撃的な話がある。それは、講演の最後の方で話された、岩手県小友浦(おともうら)の話だ。小友浦は、元々陸地であったが、東日本大震災で防潮堤が破壊されたために干潟となった場所らしい。2018年、先生はそこの干潟で調査を行い、88種類のベントスを確認した。中には、オグマヒモムシという岩手県で初確認となった貴重な種類もあったらしい。
 ところが、なんとびっくり、2020年8月に、その貴重な干潟を埋め立てて人工干潟を作るという作業が始まった。復興工事の一環らしい。日本ベントス学会では、あわてて工事中止の要望書を出したが、工事が数日間(だったかな?)止まっただけで、結局、2021年3月までに、干潟はごく一部を除いて埋め立てられてしまったという。
 私は、以前から東日本大震災後の復旧・復興工事を批判してきた。それらは復旧でも復興でもなく、ただの経済対策であり、自然破壊だ、ということだ。このブログを探せば、そんな記事が数十も見つかることだろう。
 先生も、津波と復興工事とで、どちらのダメージが大きいかと言えば、間違いなく復興工事の方だ、と言い切る。だが、それはあくまでも「自然に対して」である。政治・行政、すなわち人間にとっては津波は脅威、復興工事は善だと考えられているから、工事は行われるのだ。しかし、「現在の利益と将来の利益は矛盾する」という法則は、どんな場面でも有効だ。金に目がくらんで大規模土木工事に走ったことのツケは、将来よりいっそう大きなダメージとなって人間に降りかかってくる。それがどのような形かは分からないけれど、あちらこちらでしぶとく生き残っていたベントスは、瀕死の人間を横目に、その生息域を拡大し、繁栄し続けるに違いない。
 会場で、にわかに「この指とまれ」をしたにもかかわらず、阿部先生を含めて10人もの人が2次会に参加した。ラボは、講師のお話もいいが、集まってくる人達も面白い。ラボの完全復活を実感した夜だった。