悪貨は良貨を駆逐する(2)

(昨日の続き)さて、生徒による投票前、私がしたお話とは以下のようなものである。

「先日取ったアンケートによれば、自分で「関西をよく知っている」と思っている人は1人もいなくて、「知っている」が6人、「あまり知らない」が15人、「ほとんど知らない」が11人でした。無回答が3人いたけど、これって何なんだろね?ともかく、関西地方に関する知識はとても少ないらしいことが分かります。だとすれば、自分が知っている中から目的地を選ぶ、というのをまず止めた方がいいと思います。それでは世界が広がらないからです。むしろ、自分の知らない場所から選ぶ、そうすれば学習旅行が世界を広げるためのとてもいいチャンスになります。
 とは言っても、知らない中から選ぶってあり得ないよね。知らないんだから(笑)。今から調べるというのも大切なことだし、私が見てきなさいと言ったものを、いいと信じて行くというのも大切な方法です。私は関西で高校を卒業し、京都の大学に入った友達が多かったこともあって、学生時代以来、彼らの下宿に泊めてもらったりしながら何度も何度も京都に行きました。それでも、後から後からわいてくるように行ったことのない場所があって、京都の奥深さにいつもびっくりします。
 今や関西に個人で行くことは本当に簡単。だから、自分で行きたいと思うところは自分で行けばいいと思う。学習旅行は、よく分からないから自分では行かないというような所に行くからこそ価値がある、と私は思っています。国語の授業で読む文章だって同じことでしょ?生徒が知らないものを強制的に読ませる、だから学校は値打ちがあるんです。
 京都や奈良には、本当に質の高い文化財がたくさんあります。だけど、先日、遠足で平泉に行く時に同じようなことを言いながら予習ビデオを見てもらったけど、そういう本当にいいものの価値を理解するためには、場合によっては勉強が必要になります。個人で行く時に、みんなそんなことするかな?
 画商や骨董屋さんでは、商品を扱う時に本物か?偽物か?ということが必ず問題になります。画廊や骨董屋を経営しようと思ったら、本物か偽物かを見分ける目を持たなくちゃだめです。その目はどうやって養われると思う?・・・主人は弟子を育てる時に、偽物は見せず、本物だけを見せるそうです。どうしてかって言うと、本物を見ている人間には偽物が見抜けるけど、偽物を見ている人間には本物が見抜けないからだそうです。つまり、優れた目を手に入れるためには、本物をしっかり見ることが必要だっていうことです。平泉の予習ビデオの中で、ある職人さんが「手間をかけたものは間違いなく人の心を動かします」って言っていたの憶えていますか?私が、京都や奈良の文化財にしっかり向き合ってほしいと思うのは、そこには作る上でも維持する上でも膨大な手間がかけられた「本物」がたくさんあるからです。
 私は、入学式直後のHRで、「皆さんがストレスのない、楽しい高校生活が送れるようにするのが私の仕事ではない」と言いました。憶えているかな?私の仕事とは、皆さんの考え方や価値観を問い直し、より広い視野に立って考えることができるように仕向けることです。だから、私は皆さんが行きたいところに連れて行く、そんなツアーガイドにはなりたくありません。
 私は、学習旅行でクラスごとにどこへ行くかを決めるに当たっても、本当は生徒の意見なんか聞く必要はないと思っています。私が、皆さんが見ておいた方がいいと思う場所を指定し、計画を立ててしまうのが勉強する上では最良の方法です。だけど、高校生活最大の行事だし、同じホテルに泊まっている他のクラスは、みんなUSJだって言っているし、皆さんが納得できないことを強引にやっても、結局、不満を持つだけで勉強にならないということになりかねません。そこで、HR委員や学習旅行委員とも話し合った上で、3つの案から選択することを認めることにしました。
 行くことを希望する人は多いらしいけど、全員でUSJに行くというのは却下です。どうしても行くというのなら、大阪での自主研修の時に行ってください。たとえ大阪での自主研修の時に、全員がUSJに行ったとしても、クラスとしてUSJに行くことにした、というのと、各自が勝手に行ったというのでは意味が違います。しかも、9人の人が第5希望まででUSJを書かなかったということは、間違いなく、USJなんてどうでもいいと思っている人がこのクラスにもいるということです。その人に数千円の支出とUSJで1日を使うことを強制することは、私にはできません。
 今私が言ったことをよく考えた上で、どの案を取るか、しっかり判断してください。私の希望は1、2、3の順です。挙手にすると人の顔色をうかがうことになるので、投票方式にします。では、HR委員の皆さん、お願いします。」

 

 話が終わった時、某生徒が「すげぇ、たったこれだけの話(約10分かな?)で、すっかり自分の世界に引き込んでる!」と漏らした。少し驚いたが、それは生徒全員の感想ではないし、それで生徒が簡単にUSJをあきらめ、第1案を選ぶと期待するほど私は「うぶ」ではない。
 案の定、開票の結果、第1案2名、第2案27名、第3案3名(欠席8名=部活による公認欠席含む)で、第2案が圧勝であった。ま、そんなものだろう。このことは、「~したい」という感情に対して、「~すべきだ」という理屈が通用しないという人間の性質をよく表している。教室は社会の縮図であり、悪貨は良貨を駆逐するのである。(おしまい)