己の哀しい現実(登山新人大会下見)

 1ヶ月ほど前、10月11~13日に開催される登山の新人大会に、役員として参加して欲しいという依頼が来た。まぁ、いつもの話である。コースは、山形県の前森高原から禿岳(かむろだけ 1261.7m)に登り、鬼首(おにこうべ)スキー場に下山するというものだ。
 もちろん、参加そのものは二つ返事で引き受けたのだが、困ったことがひとつある。禿岳自体は、登った回数10回を下らず、よく知った山なのだが、全て宮城県側の登山道を利用していて、山形県側から登ったことがない。多くの顧問が一緒に行くわけだし、私が全体の先頭を歩くわけでもないので、あまり問題はないと思うが、いくら3日限りの雇われ役員といえども、生徒を引率するのに、道は地形図上で確認しただけ、実際に歩いたことはありません、というのはひどく無責任に思われた。
 9月最後の週末に予定が入っていなかったので、やむを得ず下見に行こうと思ったのだが、私1人で車に乗り、90㎞以上離れた最上町まで往復するというのは、極端な環境主義者である私にとって明らかに信条違反である。JR陸羽東線は、7月25日の大雨で、鳴子温泉から西が不通になったままだ。
 9月末と言えば、全ての学校で前期末考査が終わっている。新人大会に参加するほとんどの学校が、下見のために入山するはずだ。私1人が便乗するくらいのことは出来るだろうと思い、心当たりに尋ねてみると、幸いなことに、最寄りの某高校が乗せてくれることになった。
 天気がいいとは言えないまでも、雨は降らないようだった。初日は、10:30に学校発というのんびりぶりで、13時過ぎに前森高原に着き、1日目のコースである林道歩きをしておしまい。
 途中、徒渉点があるのだが、沢を見るとひどく荒れている。7月以来、何度かあった大雨で沢が暴れ、かなり沢相が変わってしまっていると感じた。同じキャンプ場に5校が泊まり合わせていたが、顧問同士で夜の交流会をしようという話にもならず、夜はマイテントで早々と寝てしまった。
 2日目は次のように動いた。

キャンプ場5:30--6:03林道終点6:13--8:30山頂8:35--9:45花立峠10:10--10:55P981m(昼食)11:20--12:02小柴山12:10--13:10スキー場下(ホテル前)

 標高1000mくらいから上がガスの中で、頂上からの景色は見えなかった。9月末というのに、気温も湿度も高めで、私は最初から最後までTシャツ1枚だった。
 う~~ん、まいった。確かに、1000mを超える山に登ったのは、5月の連休、仙台一高山岳部に付き添って一切経山・東吾妻山に行って以来だったし、多忙と夏の暑さ故に、週末の牧山ランもさぼっていたが、勤務先までは往復1時間かけて毎日全力で歩いて通っていたので、さほど体がなまっているという意識はなかった。ところが、昨日の山行はとてもこたえた。特に、小柴山から1時間で標高差700mを一気に下るスキー場歩きは、地面の固さ(=衝撃の強さ)もあって過酷だった。生徒の手前、顎を出しているわけにはいかないので、かろうじて歩ききったものの、足はがくがく。もうこれ以上1歩も歩きたくない、というくらいだった(今日もひどい筋肉痛)。
 恥ずかしながら、この日は私の62回目の誕生日だった。ピンピンした状態で62年間生きてこられたことは本当にありがたいのだが、やはり最近は少し年齢というものを感じるようになってきた。その最たるものは、短期記憶の劣化と、筋肉の弾性が失われてきたことである。後者は登山に直結する。筋肉の弾性低下とは、持久力の低下である(しかし、実感としては間違いなく「筋肉の弾性低下」なのだ)。疲労の蓄積が早くて、長い時間運動し続けることが、以前に比べると難しい。特に、重力に逆らうために強大な力が求められる下り急斜面は厳しい。行動隊(=登山の際の生徒引率最前線)で仕事が出来るのも、今後あまり長くないかも知れない、と寂しい思いにとらわれた。
 肝心の禿岳西側ルート(銚子口コース)は、地形図を見ながら想像していたとおり、ほとんど眺望のない単調な尾根登りで、下見に行くほどの価値はなかった。一方、そんな自分の現状を確認できたことはよかった。何しろ大会なので、自分のペースで歩けるわけではないが、心の準備があるとないでは大きな違いがあるだろう。今週末は牧山ランを復活させ、酒を減らし、万全の状態で新人大会に行くことにしよう。