最低限、自己都合解散を容認しない

 筆が滞りがちなのは、なんとなくである。特別に忙しかったわけではない。
 いよいよ、あさってが衆議院議員選挙となった。このふざけた選挙については、既に多くの人がいろいろなことを語っていて、私が付け加えることなんかないし、書けばグチめいてくるので、書かなかった。しかし、この期に及んで、選挙活動の一環として無駄な抵抗をしておいた方がいいかなと思って、書くことにした。
 自己都合による解散は正に暴挙だ。これによって850億円もの国費が消費される。高市首相の信任選挙だという言い方もケシカラン。政治は多くの政治家の議論によって行われるべきで、彼女一人が行うものではない。スパイ防止法とか、国旗損壊罪とか、彼女が作ろうとしている法律は、内心の自由に関わり、しかも、恣意的に運用される可能性のある危険なものだ。選挙直前に消費税減税を打ち出し、しかも確約したわけでもない。裏金問題に象徴される政治と金の問題はうやむやにされそうだ。企業献金を禁止しない限り、公平・公正な政治はあり得ないが、そちらへ向かって動こうという気は微塵もない。また、「責任ある積極財政」などと盛んに言っているが、政府が借金をしてでも景気をてこ入れすれば、経済が上向いて、借金くらい返せるなどというのは、ただの妄想、「狸の皮算用」というやつである。歴代自民党政権が同様の発想で積極財政を進め、目論見が外れ続けた結果として1000兆円超の借金はある。歴代自民党政権と同様と言えば、選択的夫婦別姓高市政権では実現しそうにない。
 今日の新聞によれば、アメリカのトランプ氏が高市支持を公言しているそうである。余計なお世話、と言いたいところだが、高市政権の性質をよく考えさせてくれる。トランプ氏に気に入られるのは悪の証拠だ。
 とまぁ、悪口をさんざん書いてきたが、私がもっと気になるのは、国民が何を基準に投票するかという国民側の問題である。
 私が思うに、ヒトラーとトランプ氏の共通点は、敵を設定し、それをやっつける正義の味方として自分を演出するということと、過激な経済政策である。ヒトラー共産主義者(やがてユダヤ人を始めとする非アーリア人)、トランプ氏は移民が「敵」だ。ヒトラーの経済政策は素晴らしいものだったし、トランプ氏の「MAGA」もラストベルトの人々の心をつかんだ。斜陽化する工業都市、欲の深いアメリカ人は、トランプ氏こそ民主党政権よりは強引に経済を立て直してくれると信じた。その際、手段は気にしない。
 以前から私がよく言うことだが、欲望の大きさと豊かさの感覚は反比例する。欲望が大きければ大きいほど自分は貧しい、生活が苦しいと感じられるし、欲望が小さければ、一汁一菜でも3食食べられるだけで満足できる。これだけ物があふれ、乞食が少なく、人の移動が激しい日本で、自分たちは貧しいなどと言っては罰が当たる。それでも、欲深い人間は、生活が苦しい、もっと手取りを、もっと豊かな生活を、と言う。
 不満のはけ口を求め、強いリーダーに他力本願し、金に目がくらんだ人間によって生まれてきたのが、ヒトラーでありトランプ氏なのだ。日本人も同じ穴の狢である。欲深く、利益を追い求める人間は、非常に危険な選択をする。金の背後で、どんなに危うく悪辣な企みが進行していたとしても、それが破滅をもたらしてからしか人は気が付けない。歴史の重要な教訓だ。
 残念ながら、利益優先の考え方は自民党だけのものではない。全ての政党が、国民におもねるように利益誘導の政策を訴える。それでも、私たちはその中で最善の選択をしなければならない。そして最低限、その恣意的な自己都合解散を容認するような投票だけはしてはいけない。