「渡波地区防災マップ」の滑稽・・・「想定内」と「想定外」



 福島の原発大槌町の防波堤(通称:万里の長城)に関する報道を中心に、「想定外」という言葉を頻繁に耳にする。確かに1000年に1度の津波である。「想定」して策を立てろと言う方が間違っているのだろう。しかし、自然の力は圧倒的に大きく、人間の予防策は、主に経済的な事情から(←ここ重要)、ある一定の範囲が必要だ。当たり前だが、「想定」は自然の力の範囲を定めるものではない。「想定外」は必ず起こり得るのである。

 地震が起こった後で、面白いものを見つけた。「石巻市渡波地区区長行政衛生連合会」という組織が、平成16年9月1日に発行した「渡波地区防災マップ」というものである。渡波地区の地図に、指定避難場所や公衆電話、防火水槽設置場所が書かれ、更に、昭和35年のチリ地震津波で床下浸水以上になった場所、津波で浸水すると予測される場所が、破線と色分け(浸水の深さによって4段階)とによって示されている。浸水予測は、マグニチュード7.7前後の宮城県沖地震が起こった場合、及びそれが三陸南部海溝寄り地震と連動してマグニチュード8.0前後の規模になった場合を想定して為されている。これは、渡波地区とか石巻市とかではなく、平成15年に政府の地震調査委員会が行ったお墨付きの「想定」である。ちなみに、予測されている石巻市の震度は「6強」だ。

 「震度6強」というのは当たっていたが、今回の大地震マグニチュードは9.0だから、エネルギー量は圧倒的に大きい。「だから」と言うべきか、その浸水予測箇所など、お話にならないくらい可愛いものである。本当に海際の海抜0m地域だけが浸水予測箇所で、学校でその範囲に含まれるのは渡波中学校だけ。それも浸水深0〜1mという予想である。宮水も女子商も、津波の到達は想定されていない(女子商は渡波中と隣り合わせなのに、なぜ別の扱いになるのか不明)。そもそも、私が幼い頃から、大津波の代表格として繰り返し耳にしてきたチリ地震津波による浸水範囲というのは、これほどまでに他愛もないものだったのか、という驚きが大きかった。本当なのかな?という疑念が、いつまで見ていても心の中から消えないほどだ。魚町から万石浦沿岸という広義の渡波地区全体で、浸水した家屋がせいぜい300軒というところである。かの有名なチリ地震津波がこの程度であれば、それに基づいて生まれる「想定」などたかが知れたもので、その数十倍以上の地域が浸水し、多くの家が瓦礫の山と化すというのが「想定外」ということになるのは当然であろう。

 だから、その「想定」を笑う気にはならない。むしろ、今回の災害がいかに桁外れに大きなものだったかということに驚くべきなのであろう。と同時に、これほど「想定」を逸脱した事態が発生した割に、死亡者は少なかったと言うべきなのではあるまいか?この「防災マップ」が頭の中に入っていれば、少なくとも国道398号線より山側にいる人は、逃げようとはしないに違いない。幸か不幸か、私が震災後に初めてこの「防災マップ」の存在を知ったように、おそらくこの地域の人々の多くが、こんな地図の存在を知らなかったのだ。だから、放送で「危ない、逃げろ」と繰り返されれば、どの程度に危ないかなど余計なことは考えず、ただなんとなくひたすら逃げたために、死なずに済んだのだ。実に皮肉なものである。新聞に載る死亡者の名簿を見ていると、高齢者と乳幼児が多く、10代、20代が非常に少ない。これは、今回の避難に人生経験が一切関係しなかった、若しくは、人生経験があればこそ、「ここは大丈夫だ」と考えた気配を感じさせる。

 「想定」し、それを信じれば、「想定外」には対処できない。建築や都市計画に「想定」は必要悪として存在せざるを得ないだろうが、実際の行動においては出来る限りのことをする、これしかない。そしてまた、一般に「想定」というのは被害を出さないための想定だが、「想定外」のことが起こり、被害が出てしまったらどうするか、ということも「想定」しておく必要がある。 原発問題も含めて、今回私達はこんなことを学んだのではないだろうか?