愛知の「Bigフェスティバル」



 2日の放課後、すぐに学校を脱出し、昨日の夜まで名古屋に行っていた。驚くべきことに今年4回目。5、7、9、11月と1ヶ月おきに行っていることになる。自分に何かのスペシャリティがあってお呼びがかかるなら名誉なことだが、「被災地の先生」では威張れない。今回は、5月に連れて行った高校生とまた会いたいので、彼らを秋の「Bigフェスティバル」に招待したい、という依頼を受けての高校生引率係であった。恥ずかしながら、以前、愛知の私学と比較的頻繁に交流していた時期にも、年間最大のイベントである秋のフェスティバルには行ったことがなかったので、自分なりの興味関心はあった。平日に挟まれた休日だったため、2日の最終の飛行機で行って、昨日の最終で帰って来るという非常に窮屈なスケジュールだったが、愛知のすてきな先生方と会えるのも楽しみだったし、会場に行くのに「リニモ(日本で唯一実用化されているリニアモーター鉄道)」に乗れるのも楽しみだった。

 会場は何年か前に万博を開催した、「愛・地球博公園(モリコロパーク)」である。都心から1時間もかかる所に、万単位の人が集まるというのはすごいことだな、と思いながら、「リニモ」は帰りの楽しみにして、まずはいつも名古屋で私の付き人を務めてくれるT君の車で会場に向かった。

 モリコロパークはすばらしい森林公園で、のんびり散歩するには最高の場所だが、フェスティバルの会場はその中にあるただのグランドだった。2台の大型プロジェクターを両袖に設置した立派な特設ステージと、2カ所の小ステージがあって、一日中、生徒達が合唱、ダンス(←これがメインと言ってもよいほどに多い)、チアリーディング、和太鼓などを披露していた。

 メイン企画は、12:50から行われた「希望プロジェクト」という20分のセレモニーである。私が引率した知り合いの高校生もここで登場する。愛知の先生や高校生がボランティアとして南三陸町へ行った時に知り合った二歳半の女の子と母親も招かれて、プロジェクトに参加した。最後には歌手・藤澤ノリマサ氏本人が登場して、参加者と一緒に「希望の歌」を歌った。参加者があまり一生懸命歌うものだから、巨大なスピーカーから流れているはずの藤澤氏の声が聞こえないほどだった。歌詞もよく、この場面には私も感動した。一緒に歌を歌っていて涙が出そうになったという経験はあまりない。

 プログラムが終わったところで、臨席していた愛知県知事が挨拶をした。このフェスティバルは、もともと県による私学助成の増額を求める親や教師の運動に、26年前から高校生が参入したものである。高校生の自主活動とはいっても、たいていの県立学校の生徒会のような、模擬システムで民主主義を学ぶと言いつつ「御用組合」と化している「子供だまし」とは訳が違う。そのような立場からすれば、昨日の愛知県知事の挨拶は期待はずれだっただろう。具体的な数値目標は挙げないまでも、参加者の期待に応えて、「私学教育を支えるために(=助成を増やすために)、私としても出来る努力はしたい」と述べることが必要だった。ところが、ついにこのことには触れずに終わってしまった。いかにもパフォーマンス的な、浮ついた言葉だけで終わってしまったのは、私としても興醒めだった。

 思ったほどの参加者はなく(それでものべで万の単位にはなっていたのだろう)、まぁこんなもんかな?ということもなくはなかったが、私としては楽しかった。「希望プロジェクト」後に行われた藤沢ノリマサ氏のミニライブも素晴らしかったし、ステージで披露される高校生の踊りや歌は、玉石混淆ではあったが、中には夢中になって見てしまうほど優れたものもあった。何より、若さの美しさ、若者の美しさに圧倒される思いを抱いた。若いとはなんとすばらしいことか。

 東日本大震災があったことも受けて、今年のテーマは「希望」であったが、大きな事件があってもなくても、何が「希望」たり得るかとか、「希望」とは何かといった面倒なことなど考えなくても、元気な若者がたくさんいれば、ただそれだけで「希望」は感じられる。それが、おじさんの感慨であった。


(補1)「リニモ」は帰りに乗ったが、何ら特別なものではなかった。それだけ。 

(補2)9月28日に名古屋の食べ物について書いた。その際、お菓子については、「お菓子」と書いた時点で、甘いものしか思い浮かばなくなって、書き忘れたのだが、我が家で熱狂的に愛されているものがある。それは、「えびせんの里」という会社のえびせんである。これは、文句なしに美味。しかも、安いし、あらゆる種類の酒に合う。お土産としてはかさばるのが難点だが、昨日は、中部空港の4階で大きな詰め合わせを3袋仕入れて帰って来た。