「遊ぶ」と「楽しい」はどこにでもある



 水産高校が、早ければ9月末、遅くても年内には渡波(震災前の校舎)に戻りそうだというので、夏休み前から、それに備えて下の子供の保育所探しをし、10月1日から、石巻小学校校庭に建つ児童館内の「市立石巻地区保育所」という所に通わせ始めた。市内には他に「市立石巻保育所」というのがあって紛らわしいが、「石巻地区保育所」は、被災した保育所の子供たちをまとめて収容することにした臨時的施設である。震災から1年半が経って、9月に渡波保育所の新施設が完成し、本来渡波保育所に通っていた子供たちがそちらに移ったため空きが出来て、我が子が入れてもらえることになった。

 やっぱり子供である。どこかでは小学校を統合すると子供がかわいそうだとか何とかもめているが、1人だけ蛇田地区の某保育所から移して放り込んでも、2日で馴染んでしまった。何の面倒も発生していない。

 我が家で、公立の保育所に子供を通わせるのは初めてである。噂を聞いては、いろいろ不安を感じていた。その中心は、「徹底した管理」である。何か問題が起こるとまずいので、とにかく子供をしっかり管理する、と聞いていた。何でも、保育所から外にお散歩に出るにしても、2週間前に計画書を市に提出して許可を得ないといけないのだとか・・・。さもありなん。子供を出来るだけのびのび育てたいと思っていた我が家にとっては、頭の痛い問題であるが、選択の余地がないので、とにかくそこに預けてみるしかない、ということになった。

 杞憂であった、と思う。そんな規定はないようだ。9月まで通わせていた保育園より、むしろおおらかでいいな、と思う。「今日は○○に行って何をした」みたいな話をよく聞かせてくれる。早い時間に迎えに行くと、小学校の校庭を我が物顔に使って走り回っている。先生がじっと監視して、何かにつけて大声を出す、というようなこともない。

 そんな息子が、「お散歩でお山に行くと楽しい」みたいな話を盛んにするので、「お山ってどこかなぁ?」ということになり、珍しく家族全員暇な今日、息子に手を引かれて、保育所のお散歩コースを歩き、ドングリ拾いをすることにした。息子は得意顔で案内してくれる。息子の前に出るのは、オフサイドで反則だ。

 石巻の街のど真ん中である。しかし、石巻神社、海門寺跡というあたりを歩いてみると、20年もそのすぐ近くに住んでいながら知らなかった道や広場、石碑やお地蔵さんがあって、私としても本当に新鮮な「探検」であった。自然と風情にあふれるいい場所だ。石巻神社にある日露戦争の「昭忠碑」なる石碑は、一枚の石で出来た高さ8mにも及ぶ巨大なもので、これほど大きな一枚岩の石碑は、他に見た記憶がないほどだ。すっかり色づいたイチョウや、ようやく色づき始めたモミジも美しい。草の生えた斜面をゴロゴロ転がり、神社の猫をなで、たくさんのドングリとツバキの実を拾って、ご機嫌で帰宅した。午後は、ツバキの実の笛作りである。

 遊ぶ場所はたくさんあり、歩き、観察するだけでも楽しい。じゃんけんをしながら神社の石段を登るだけでも、盛り上がって大騒ぎだ。ここだけの話ではない。少なくとも石巻界隈ならどこでもそうだ。私の頭に、また、先日見た「かわいそうな被災地の子供たち」(11月14日記事参照)の話が浮かんできた。