牧山の喜び

 例のダイエットで、2〜3日に1度、走りに行く。平日はたいてい夜の9時前後になるので、比較的安全そうな街中を走るが、土日は少し遠出をする。今までは北上川の土手が多かった。水のある風景は美しい。まして北上川のような滔々たる大河であればなおさら。
 しかし、我が家から土手までは、街の中を3㎞近く走らなければならない。途中、道路工事のため迂回を迫られる場所などあって、それもうっとおしい。道が至って平坦なのは楽でいいのだが、少し単調さを感じるようになってきた。川の土手は風が強いのもよくない。
 先週の日曜日、ふと思い立って牧山に行くことにした。まず我が家から街中を走って大門崎というところまで行く。大門崎には石鳥居があって、そこからダラダラと長い尾根上についている道は、頂上に建つ零羊崎(ひつじさき)神社の参道になっている。ちなみに、大門崎の手前左側にも神社がある。「一皇子(いちおうじ)神社」といい、その周辺の地名は「御所入(ごしょのいり)」だ。14世紀の初め、足利尊氏と共に鎌倉幕府を倒すことに成功した後醍醐天皇の子・護良(もりなが)親王は、諸般の事情で都にいられなくなり、鎌倉に逃れたものの、そこで足利氏によって殺されたことになっている。ところが、実際には逃亡に成功し、住むようになったのがこの地だ、という伝説がある。
 話がそれた。
 さて、大門崎の石鳥居をくぐると、最初の数十mこそ階段もあるが、あとは走るによし、歩くによしといった感じの、傾斜の緩い3mあまり幅のある快適な山道が延々と続いている。上り始めて間もなくの所に、ちょっとした見晴台があり、「日本百景 石巻海岸」と刻まれた大きな石碑が立っている。木の葉がほとんど落ちているおかげもあって、魚町や北上川河口、日和大橋方面の海がほどほどに見える。
 石巻もちょうど紅葉の季節。広葉樹林帯の中を通るこの道は、本当に美しい。所々に休憩スペースもあるが、もちろん私は素通り。ただし、さすがにこの尾根道をずっと走り通したりはしない。心拍数一定を最優先に、傾斜に応じて、走ったり歩いたりだ。人の気配はほとんどない。3人とすれ違っただけである。
 約30分、再び石鳥居をくぐると車道があり、それを渡ると上は石段。すぐに頂上、零羊崎神社だ。標高は247m。本殿は昭和に入ってからの建物だが、神社そのものの起源は、応神天皇2年、すなわち西暦271年に遡るという。なんと今から1728年前である。まさか!!
 神社からの下りは車道を使う。神社を出てすぐの所に「日本百景」の石碑からよりもはるかに見晴らしがよい場所がある。標高の問題もあるのだろう。絶景だ。渡波の街が眼下に見え、長浜海岸、万石浦、そして遠く田代島も見える。牧山周回の車道に合流するところに、栄存神社という神社があり、宝篋印塔が立っている。なかなか風格のある古びた塔だ。市の重要文化財に指定されているらしいが、由緒来歴はよく分からない。
 そこから西に向かって下ると間もなく社務所があり、その隣にはツツジ園がある(市の地図ではアヤメ園となっている。花の時期以外、アヤメの方が存在感が低いのでツツジ園とする)。急斜面の段々畑にツツジが帯状に植えられている。花が咲いていない時期に見ると、まるでお茶畑だ。斜面の下、道路を挟んだ反対側には立派な紅葉の木が何本かある。紅葉の盛りははるかに過ぎて、木にはわずかな数の葉が残るだけであるが、一方、地面には紅葉の絨毯だ。
 更に車道を下る。右側に小さな川が流れているのだが、よく見ると、この河床がなかなかいい。おそらくは井内石だろう。黒い石が、自然摂理に沿って割れたものである。牧山の西側に井内という集落がある(駅名は稲井)。昔から石の産地として有名な場所だ。先日書いたとおり、塩釜神社の東参道も井内石が敷き詰められている。今はもう切り出すことが難しくなり、何軒か残る石材屋さんも、外国から輸入した石で細工をしているらしいが、石切場の後はあちらこちらに見ることができる。牧山はその全部とは言わないまでも、井内石で出来ているのであり、そこに流れる川の河床が井内石であることに不思議はない。
 下りは心臓への負担は軽いが、膝への負担が大きい。スピードを上げることで、衝撃が強くなりすぎないようにセーブしながら10分も走ると、湊の街に出る。再び街の中の道を走って自宅に戻る。所要時間はちょうど1時間半。ネットの地図で計ってみると、12.5㎞だ。山にかかるまでの往復4㎞くらいが少々余計だという気もするが、本当に気持ちのいい手頃な山登りである。
 この道が気に入った私は、結局、勤労感謝の日も、そして今日も、牧山に行った。1週間で3回である。今日は零羊崎神社から社務所のところまで、車道ではなく、脇道を下りた。そこにも小さな神社が2軒ある。
 この1週間で、木の葉はずいぶん散った。今日は暖かかったが、12月ももう間もなくだ。葉がすっかり落ちても、また冬の風情が美しいような気がする。樹林の中は風がないし、時間が取れる時は牧山だな。