スズメバチと熊

 毎週末、土日のうちのどちらか片方、牧山に走りに行くことにしている(→始めた頃の記事)。大門崎という所から頂上(零羊崎神社)まで、幅の広いなだらかな尾根道が続く。未舗装、車両進入禁止で、本当に快適な山路だ。
 先週は日曜日に行った。今週は昨日、土曜日に行った。気持ちのよい秋晴れが続いていて気持ちがいい。ところが、昨日行ってみると、山路の入り口にビニールテープで「通せんぼ」がしてあり、「スズメバチが発生しているため通行を禁止します」みたいなことが書かれている。一瞬、だったら仕方がないから、伊原津から車道を上るかな、などと思ったのだが、スズメバチが常に飛んでいて、人が来るのを待ち構えているなどということがあるわけないな・・・ははぁ、例によって「自己責任」であることを確認するための、もっとストレートに言えば、自治体の責任を回避するための標識に違いないと思い至った(→関連記事渡島駒ヶ岳における火山活動による入山禁止)。私は、ビニールテープを乗り越えると、いつもの山路を山頂めがけて走り始めた。
 スズメバチなんてめったなことで襲っては来ないだろう、ただ、地味な紫色のシャツと紺のジャージというのは失敗だったな、とは何度か思った。なにしろ、蜂というのは黒、もしくは暗い色に対して攻撃的になるという性質があるのである。ただ、確率は低いと思ってはいても、なんとなく気味が悪い。ついつい何かに追われるように足が速まった。幸い、何と言うこともなく、落ち葉をかさかさと踏む感覚を楽しみながら、25分で頂上に着いた。
 ところで、今年は山と言うほどでもない牧山に走りに行く以外、山に行かない年になった。夏休みに企んでいた雲の平行きを断念した事情については既に書いたが(→こちら)、いつも誘ってもらっていた6月と10月の高体連の大会も中止と縮小・・・基本的には新型コロナの余波である。だが、それだけとも言えない。
 近年、熊が住宅地にまで出没したといってニュースになることが多い。のみならず、2~3年前から、秋田ではツキノワグマが人を襲って食ったなどという話が聞こえてきたりする。不意に人間と遭遇してパニックを起こし、やむを得ず襲ったというのではなく、食えるものとして人間を意識し、あえて狙ったことが伺えるというから気味が悪い。その秋田県では、熊よけ鈴やラジオは人間の存在を知らせるものとして逆に危険なので、持参しないように呼びかけているという話まで伝わって来る。
 私は、山に行く時は基本的に一人である。一人で1000mを越える山に登るようになってからほとんど45年にもなるが、幸か不幸か一度も熊を見たことがない。こちらが気配を伝えていれば襲われることはないだろうと思っているし、仮に出くわしても、こちらが攻撃する気のないことを示せば、そうめったなことは起こらないだろうと思い、全然気にしていなかった。(北海道の山では少し不安だったが、それでも、熊よけ鈴で何とかなると思っていた。)今でも、おそらくは、さほど深刻な状況にはなっていないだろう。
 しかし、ツキノワグマが人間を獲物として認識し、好んで近寄ってくるという話のインパクトは大きかった。山の中でそんな熊に出会った時の事を想像すると、身の毛がよだつ(目つきも違うだろうなぁ)。老いた母親の生活支援が必要だとか、自分自身の勉強や仕事で多少忙しいとかいうこともあったのは確かだが、「人間に近寄って来る熊」の話に気が重くなり、なんとなく足を運ばなかったというのもまた事実だ。面倒だけど単独行やめようかな、という気にも少しなってきている。
 人間は環境を悪化させて彼らの食糧事情にも悪影響を与え、しかも、彼らの生活領域を侵害している。人間が悪いのだ、私は絶対にそう思う。だが、そう認識した上で、その片隅を静かに少しだけ歩かせ欲しい。私は彼らと共存したいのである。