改めてTPP



 TPPは、首相の一声で、あっさりと交渉への参加が決まったようだ。各団体による賛否さまざまな意見が、テレビや新聞を賑わわせているが、久しぶりに私の意見を書いておこう。

 「久しぶりに」というのは、2011年2月7日に、一度書いているからである。今読み直してみても、考えはまったく変わっていない。だから今日は、蛇足に近い補足である。

 さて、TPPに参加したときの「試算」というのがある。ところが、日本国政府の内部でも、内閣府経済産業省農林水産省と、それぞれの出す試算が食い違っているのだから、この試算という作業が、条件を多少変えることによって大きな数字の違いが生じるデリケートで難しい、従って、信頼ならないものだということがよく分かる。それぞれの団体が、それぞれに都合のよいように条件設定をして試算しているに違いない。こういう時、最も信頼に値するのは、最も悲観的なデータであろう。

 そもそも、環太平洋各国がTPPという協定を結ぶことで、全体として活性化され、経済活動の規模自体が大きくなるというのならともかく、ほとんど何一つ不自由のない現在の生活で、全体の経済規模が拡大するというのは、単に「無駄」が増えるというだけのことだから、さほど歓迎すべきことには思えない。

 また、全体の経済規模、すなわち経済活動の総量が変化しない場合、TPP各国の利益の総量は当然、変化しない。ということは、どこかの国が利益を得れば、どこかの国が損をして、全体としては同じ、ということである。自分たちにとって損な協定を結ぶ国はないはずだから、一見損をする国がTPPに参加するとすれば、目先は損でも、将来的に得だと考えているか、単に都合のよい試算をして、得だと錯覚しているに過ぎないかであろう。錯覚は論外として、どの時点での、どのような性質の利益に目を付けて損得を判断するかは、なかなかに深刻重大な問題に思える。

 内閣府の試算では、TPP参加によって3.2兆円の経済効果が見込まれるが、農業生産は3兆円分の減少になるという。ということは、ごく単純に考えれば、3兆円分の農産物輸入が発生し、その他の分野(主に工業)の輸出が6.2兆円増加して、差し引き3.2兆円の経済効果ということなのだろうか?

 前回書いたとおり、とりあえずの損得を考えれば、これは「得」である。しかし、食は命に直結するので、ただでさえも40%に過ぎない食糧自給率が、更に3兆円分下がるのは大変な問題である。食っていくために、ひたすら外国に頭を下げ、言うことを聞かなければならなくなる。何、3.2兆円も利益が増えたのだから、多少割高な食糧を輸入しても痛くない、外国が食糧を売ってくれなくなるなんていう事態になるわけがない・・・本当にそうかな??

 「利益は目前に、より大きな不利益が将来に」とか、「本質は長く、現実は短い」とかいうのは、前任校までで私の授業を受けていた生徒ならよく耳にしたはずの、いわゆる「平居の格言」である。正に、これらの言葉の出番だ。TPPといのは、関係各国が、どれだけこれらをよく理解し、肝に銘じて駆け引きをするかのコンクールのようなもので、哀しい哉、日本は最も鈍感な部類に属するように見える。

 もう一度確認。経済活動の総量を変えるのは難しく、それは基本的に変わらない。だとすれば、全ての国が「得」をすることはない。問題は、どの時点で「得」をし、どの時点で「損」をするかである。遠い将来に「得」を見込んでいる国こそ、見識が高いと言うべきで、今すぐに「得」することを求めている国は破滅への道を進んでいる。なぜなら、将来明らかになってくる「損」は「より大きな」ものになるはずだからである。