終わりよければ全てよし



(11月18日付け学級通信より)


 フィリピンの台風のニュースを見て、今更ながらに自然の力のすさまじさと、人間存在の小ささとに驚いている。ただし、これは東日本大震災とは違い、人間が経済活動(=ぜいたく)によって引き起こした温暖化が間接の原因だろうから、「自然災害」と言うのは間違っているかも知れない。同様のことは、今後更に起こりやすくなるだろう。それはともかく、遠く離れているとは言っても、そのような災害で困っている人に対して何もできない自分の無力は哀しい。


【マラソン大会における、ある驚き・・・】

 かろうじて雨にも降られず、穏やかな、いいマラソン大会になった。K・A君の3連覇は本当にすごいが、実はそれ以外にも、ひどく驚いたことがある。

 私は29分5秒で44位であった。けがで棄権した昨年は別として、それ以前に走った2回のマラソン大会では、どちらも20位台の半ばだったので、順位は大きく下がった。今年と同じコースで実施した、私が宮水に来た最初の年・2010年の大会では27分台の後半だったと記憶するので、時間も1分あまり遅くなったことになる。順位が20位くらい落ちたのはその結果だ。

 ただ、定期考査の時に諸君に言うのと同じで、私は常に「絶対値」で勝負である。人と比べながらの人生は辛い。練習を始めたばかりとなる2週間あまり前、一人で本番のコースを走ってみたところ、復路、サン・ファン館へ上る坂道でへばって少し歩き、35分かかった。この時、最近の運動不足と、本番までの残り時間とを考え、私は目標タイムを30分とした。だから、今回は目標をクリアーしたことで、自分としては満足している。その結果として、順位が20位だろうが50位だろうが100位だろうが、どうでもいい。

 ところが、その日の夕方、諸君の結果を見ながら、私はさすがにびっくり仰天してしまった。なんと、E3の中に私よりも速かった生徒が9人もいるではないか!!つまり、私はクラスで10位。以前勤務していた学校でも、私は、事情が許す限り生徒と一緒に走ってきたが、クラスで私より速い生徒はせいぜい2〜3名だったから、私が衰えたということを考慮したとしても異常事態である。もっとも、E3以外の3年生4クラスで私より速かったのはたった3名(Fに1名、Aに2名)なので、これは私が不甲斐なかったのではなく、E3の諸君が頑張ったということである。喜ばしい!!どうして、これでクラス対抗の3位に入賞できなかったのか・・・?不思議である。

(余談)

 閉会式で生徒会から「敢闘賞」をいただいたのには恐れ入った。私より10才以上年上で、昨年より80位も順位を上げたS先生を差し置いて、賞なんかいただいていいのかな?と思ったが、せっかくなので、ありがたくいただいた。文面に「歳の割には・・・」くらいあると覚悟したところ、そんな言葉はなかった。これは生徒会のユーモア不足か?心遣いか?・・・


(文化祭の記事、省略)


【終わりよければ全てよし】

 日本シリーズ第6戦で楽天が負けた時、田中で負けたショックも加わって、第7戦での負けがちらついた。この時、私は「終わり」の重さをひしひしと感じた。ペナントレースでどんなに頑張ってリーグ優勝をしても、クライマックスシリーズを勝ち上がり、日本シリーズでいい試合をしても、最後の試合で負けて日本一になれなかったら、それ以前の全てが色あせて価値を失う、と思った。

 さて、前向きに参加した人にとっていいマラソン大会であり、いい文化祭だったと思うが、一方、2日間で6名が欠席したことを始めとして、「逃げ」の目に付く残念な2日間でもあった。逃げて損するのは、結局は逃げた人自身なので、私の方から厳しくは言わないことにするけど・・・。

 高校生活における最後の全校行事は終わってしまったが、2回の定期考査を始めとして、高校生活はまだ実質3ヶ月残っている。この3ヶ月をどのように過ごすか?そこに高校生活の全てがかかっている。


(裏面:11月13日付け『日本経済新聞』より、文化「四足走行、人の可能性示す」(いとう けんいち筆)を引用

平居コメント:世の中には面白い発想をする面白い人がいるものだ。四足走行を笑うことは絶対にできない。なぜなら、私たちは、その可能性を否定する材料を何も持っていないからね。笑いたくなるのは、単にそれをしている人がほとんどいないから、に過ぎない。それこそ、人間の可能性に蓋をすることだ。常識を疑い、そこから一歩踏み出した人が偉大な成果を残した。「歴史」はそんなことを教えてくれているはずだ。)