教員の「規範意識」、または「調整委員会」



 5月4日の『読売新聞』に、「教員の規範意識が低すぎる」という社説が出た。見出しを一見して、また不祥事問題かと思ったが、隣に小さく「大阪の校内人事」とあるので、何事かと思って目を通した。

 いやぁ困った社説である。日本で最多の発行部数を誇る新聞が、このような「社説」を載せるくらいだから、世の中が間違った方へ間違った方へと進むのは当然だ、と思った。

 言わんとしていることは、およそこういうことだろう。「大阪や神戸の多くの公立学校で、教員の校内人事が教職員間の選挙や職員会議で決められていた。これは「校長は校務をつかさどり、所属職員を監督する」と定めた学校教育法に違反し、「民主的」の意味をはき違えた行為だ。教育現場に求められているのは、校長がリーダーシップを発揮し、子どもの状況に応じた教育環境を整えることだ。」つまり、見出しにある「規範意識が低すぎる」とは、性的な破廉恥行為や飲酒運転の類いではなく、教職員の意見を学校経営に反映させ、校長の権限を少しばかり小さくすることについてである。もっとはっきり言えば、『読売新聞』の「規範意識」とは、教職員においては「お上に絶対的に服従する意識」、教育委員会においては「教員の言うことには耳を傾けず、政治的決定を学校に徹底させる意識」である。

 これは、基本的に政府や、最も極端な例としては大阪市長のスタンスと同じで、民主的手続きによって決まったことは、守ることが民主的だ、という考え方に立つ。しかし、これは最近の教科書問題(必ず政府見解を明記する)によく表れているとおり、教育の国家統制、上意下達の教育を是とする姿勢である。民主的手続きによって決められた制度だからといって盲目的に従えば、少数意見を否定するのと同じことになってしまい、権力の是非を絶えず問い直して権力を健全に維持するという、民主主義の最も重要な部分を失わせることになってしまう。

 民主的手続きによって決まった規則だから従うのが「民主的」なのか、そもそもそんな「非民主的」な規則を作ったのが間違いなのだと言って批判するのが「民主的」なのか、これは規則の性質によって違いはあるものの、基本的には後者である。「民主的」な手続き(多数決の濫用)によって「非民主的」な規則を作る方が悪いのだから、それに文句を言うのは当然。法の上で校長に与えられた絶対的とも言える権限は、政府が自分たちの権力を盤石なものにするために作った規則に過ぎないのであって、本来マスコミはその点をこそ批判しなければならないのだ。(→末尾の「補注」へ)

 「教育現場に求められているのは、校長がリーダーシップを発揮し、子どもの状況に応じた教育環境を整えることだ」とは、まるで、「無能な教職員」に「子どもの状況に応じた」教育はできそうにないから、「立派な校長」が強権発動で頑張るべきだ、と言っているようである。「教育環境」という言葉があるので、校長の仕事は環境を整えることまで、あとは教員に任せるという考えのようにも読めるが、それはここだけ見ればの話であり、全体として見れば絶対にそうではない。民間の会社でもそうだと思うが、立派な人間が上位に立つとは限らない。まして、学校のように数字で実績が計れない、数字で実績を計れるようにしようと無理をすると、やっていることがおかしくなる場所ではなおさらである。次元の低い管理職人事(校長の人選)で苦しみ、教育に支障を感じている職場がどれほど多いことか・・・。

 ところで、私が教員になった頃は、宮城県の高校でも、年度末になると「調整委員会」という内部委員会を作り、職場内選挙などで選ばれた数名によって、各職員の希望を聞きながら、翌年の校内人事の調整を行っていた。今でも「調整委員会」方式を採っている学校があるのかどうかは知らない。この25年の間に、ほとんどの学校で、校内人事は管理職が行うようになってしまった。と書けば、いかにも教育委員会が『読売新聞』の論調で、「規範意識」の適正化を進めたようだが、実は必ずしもそうとは言い切れない。そのような動きもあったにはあったが、一方で、職場内部の意見として「調整委員会」方式の行き詰まりが問題視されてもいたのである。

と言うのも、「調整委員会」方式は、1960年代初期(『宮城高教組三十五年史』(労働旬報社、1990年)による。『読売新聞』では「遅くとも1970年代」とある。宮城と大阪で違うのかも知れない)に、学校(職場)の民主化を実現させるための方法として行われるようになったのだが、たとえ職場内選挙で選ばれたとしても、平教員が平教員の職務を調整するのは難しい。なまじ立場が同じであるだけに、強権発動ができない。押しの強い人間、わがままな人間の言い分が通りがちだったり、長く在籍している人間が、既得権のように一つのポストにしがみつく、といった現象が見られるようになった。調整委員会のメンバーに教頭を入れ、教頭が校長と意思疎通を図ることで教職員主体の学校作りと、管理職による学校経営の折衷を目指そうとしたりするなどの方法も模索されたが、あまり上手くいかなかった。

 「調整委員会」制度の限界に対して、職場内でも不満が語られるようになった上、1990年代にもなると、どのような高邁な理想に基づいて「調整委員会」方式が実現したかという歴史的な経緯も、校内人事権を校長から奪って成立したシステムであることも知らず、あたかも校長自身が楽をするために作った委員会であるかのように誤解し、職員会議で、「校内人事は校長にやらせろ」というような発言をする人が現れたりもした。折しも、「日の丸・君が代」の気違いじみたごり押しの結果、教員はお上に反抗する気力も「理想の学校」などという面倒なことを考える意欲も完全に失っていた。校内人事は、校長に任せた方が上手くいくとは限らないが、上手くいかない時に不満のぶつけ所があるというメリットもある。校内人事に問題があった場合、平教員同志で仲間批判をすると、校長を敵に回すよりも仕事がしにくくなるのだ。つまり、残念ながら、宮城の場合、「調整委員会」方式の挫折は、教職員の内部崩壊的な側面も強い。

 橋下氏が横暴な振る舞いを見せ、東京とともに「上意下達」、民主的手続きで決められた規則に従うのが「民主的」という考え方を最も徹底しているように見える大阪で、校内人事の調整に関して戦後民主主義の名残が消えずにいたことは驚きである。喜ばしいとも思う一方、宮城でかつてそうであったように、それが閉塞したシステムに堕していないのかどうか、少しの心配と強い興味とを感じた。

 校内の人事調整において大切なのは、上意を職場に徹底させることでも、校長の権限を骨抜きにすることでもなく、教職員が前向きな気持ちで、楽しく仕事ができるようにすることである。それが生徒にとってもいい学校を作ることになる。妙な「規範意識」よりも、そんな原点を大切にしたいし、大切にして欲しいと思う。


(補注)学校教育法は、校内人事に教員を関与させてはならない、というところまで規定していないのではないか、と思う。日常の業務で、校長が教員に「任せる」ということはいくらでもあることで、その場合、「任せる」という「命令」を出して、結果について監督しているわけだから、校内人事についても、内規を作ることも含めて、校長が知っていて最終的に責任を取るつもりで委任していれば、同様で何の不都合もない。だから、私が、学校教育法の規定を直ちに悪だと考えているわけではない。その意味で、上の「そんな「非民主的」な規則」という表現には語弊がある。校長が権限を持たずに、責任だけ取らされる存在だとしたら、私だってやっていられない。

 だが、それだからこそ『読売新聞』のヒステリックな物言いには問題があるのだ。

 民間の人たちには理解しにくいことだということはよく分かるのだが、校長の権限や職員会議の位置付けを法(法律や条令だけでなく、通知の類も含む)でどう規定するかということの歴史的経緯は、正に、教育の独立性・中立性を奪い、教育を政治の宣伝塔として扱おうとする力の歴史である。長くなるので今回は触れない。