灯台もと暗し・・・『紙つなげ!』を読んで



 先週末、妻から勧められて、佐々涼子『紙つなげ!彼らが本の紙を造っている〜再生・日本製紙石巻工場』(早川書房、2014年)という本を読んだ。我が家から徒歩10分の所にある、日本製紙石巻工場の震災後1年間の記録である。私は勧められた当初、そんな本は読む気にならなかった。被災地についてはおびただしい数の本が出ているが、多くはブームに便乗した「美談でっちあげ」、もしくは「お涙ちょうだい」に思われるからだ。ところが、震災復旧本としてではなく、製紙業もしくは地元産業を知るためによい、と言われたので、読んでみる気になった。

 そして読み終えて思うのは、確かに、我が家のすぐ近くに何があり、震災前も含めて何が行われていたのかについて、本当に無知だった、ということであった。少なくとも私は、それを単なる一つの騒々しい「工場」に過ぎないと思っていた。それが製紙工場であると意識することもほとんどなく、そこで作られた紙が、どこでどのように使われているのかを気にしたこともなかった。

 ところが、日本製紙というのは、日本の出版用紙の40%を生産する会社で、石巻がその基幹工場であるらしい。1日に約8万トン、1年に100万トンという生産量は、日本製紙の洋紙国内販売量の4分の1を占めるという。単行本、文庫本の本文、コミックなどの用紙の多くが、ここで作られており、紙の種類は、細かく分類すれば100種類に上る。おそらく、私は読み手としても書き手としても、散々この工場のお世話になっていたのだ。

 それらの紙の多くは、8号機で作られているが、8号機は旧型とは言っても、1日当たり300トンの生産能力がある。更に驚くべきことに、N6号機というスーパーマシンは、約9.5m幅の紙を1分間に1800m作ることができる。重さで言うと、1日当たり1000トン以上、年に35万トンに上る。たった1台の機械で、小さな製紙工場ひとつを上回る量の紙を作り出していることになるらしい。しかも、全長は270mあり、値段は630億円で、東京スカイツリーの建設費(650億円)に近いというから、開いた口がふさがらない。

 紙というものがいかにデリケートなものであるか、ということについての記述にも、納得させられ、感心させられるものがたくさんあったが、これは話が長く込み入ってくるので省略。

 私が暇な時に、ページをパラパラめくって楽しんでいる本の一つに、『データブック オブ・ザ・ワールド』(二宮書店、毎年刊)という本がある。世界中の国々について、1ヶ国当たり1ページ半くらいを費やして地勢、気候、歴史、そして各種データを紹介してるのだが、そのデータの中に、「消費」というカテゴリーがあり、そこに「紙類」という項目がある。「エネルギー(石油、ガス、電力など)」「穀物」といったあって当然のものと並んで、書かれているのは、「砂糖」「紙類」「肥料」だけだ。私はここに「紙類」を入れた人の見識に頭を下げる。「紙類」消費量は、単なる物質消費や生活水準ではなく、各国の文化水準を象徴的に表していると思われるからだ。だとすれば、身近な製紙工場は、日本の文化を支えてきた、ということにもなる。

 本の中で作者も言っているとおり、本を買っても、その本の紙がどこで作られた何という種類の紙であるかは書かれていない。書かれているのは、印刷された場所までだ。その結果として、私は身近な紙の工場に、生徒の就職受け入れ先として以外、何の関心も持っていなかったのだ。私は自分の迂闊さを笑った。

 この本には、工場の地図も付いている。私は思わず、その地図を手に、まじまじと工場の中をのぞき込みながら工場の周囲を徘徊してしまった。しかし、高い塀に囲まれている部分が多く、建物も重なり合っていてよく分からない。その中にあって、煙突(ボイラー)と、我が家に最も近い側にある、私が石巻に住むようになってから増築された、南北に長い青い屋根の建物だけはよく見える。今回、この建物の中に、かのN6号機が設置されているのだ、ということを知った感動は大きかった。

 一度、内部をくまなく見学してみたいものだと思う。