「市街地構想見直せ」のあっぱれ!



 今日の『毎日新聞』県内版で、「市街地構想見直せ 〜農業男性、県を提訴」という見出しが目に止まった。読めば、宮城県の山元町に住む菊地義光さん(67歳)という方が、町が水田を収容して新市街地として整備しようとしている事業について、県に事業認可の取り消しを求めて行政訴訟を起こした、という。菊地さんの「優良な田んぼを潰して、新市街地にするのは税金の無駄だ」「宅地分譲は198戸の募集に対し、申し込みが112戸にとどまり、約2.8ヘクタールが余ることになる。土地収用の必要はなく、事業計画を見直すべきだ」というコメントを目にして敬服した。菊地さんの田んぼも、収容の対象になっているらしい。

 私も前から繰り返し言っていることだが、被災地の復興事業の多くは、内容からしてもコストパフォーマンスからしても、正気の沙汰とは思えないことが多いのである(→防潮堤南三陸陸前高田)。土地の問題に関して言えば、石巻市でも、渡波地区や蛇田地区で、水田を埋め立てて新しい住宅地を作っている。それでいて、旧来の住宅地には、津波の被害を受けなかった場所も含めて、空き地・空き家がむやみにあるのである(→我が家の近所)。

 9月の20日頃に、いくつかの新聞で、空き家対策についての記事が出た。全国どこでも、空き家というのが少なからずあるが、美観と治安の両面から問題が大きい。しかし、個人の所有物である以上、他人が口を挟みにくい、さてどうしたものか・・・、ということである。報道によれば、全国で一番空き家率が低いのは宮城県だそうである。それでも9.1%、すなわち、10軒に1軒近くが空き家である。既存の住宅地の空き地率は、これとはまた別のはずなので、私が見た感じ、住宅地の2割が空き地・空き家でも不思議ではない。それでいて、膨大な資源(エネルギーを含む)を費やし、農耕地を潰して住宅地を作るというのが、愚かでなくて何であろうか?また、政府の1000兆円を始めとして、どこにでも大きな借金があるのに、「復旧」「復興」という御紋の印籠があると、コストパフォーマンスなど一切考えなくなる、もしくは、考えることが許されなくなるのも不思議な話だ。もちろん、場合によっては、震災が新しい都市計画のチャンスになるということはあり得る。しかし、私の見る限り、現実には、そんなことはほとんど起こっていない。

 理由はいくつか考えられる。ひとつは、とにかく何か見えることをやっていないと、復旧に本気で取り組んでいないと批判される、という役所の意識である。いや、人々がそのような意識だから、役所がそれを受けて土木工事に力を入れるというのが順序かも知れない。復旧がどうあるべきか、といった哲学はどうでもいいのである。とにかく大騒ぎをし、何かをしていれば、なんとなくみんなが納得するのである。もうひとつは、既存の土地・家の活用よりも、土地を造成し、新築家屋を建てる方が、作業としてやりやすく、経済効果も大きいだろう、ということである。そしてもうひとつは、日本人が新しい物を好むという性質を持っていることである。その上、戦後建てられた家屋の多くが安普請だったこともあって、古い物を、手を加えながら美しく磨き上げていくという意識が持てていない。

 このような状況について問題意識を持っているのが、果たして私だけなのかどうか・・・と思っていたところ、今回の記事である。問題を深刻だと思いながら、グチをこぼす以上のことを何も出来ずにいた私と違って、この菊地さんという人は、行政訴訟という手段に訴えている。実際にやろうとすれば、労力だけではなく、精神的なエネルギーも相当必要とするであろう。だからこそ、偉いと思う。もちろん、私は山元町の現実をよく知っているわけでもないので、あまり軽率に物を言うのもまずいかも知れないが、石巻の状況から類推すると、菊地さんの言い分に分がある可能性が高い。これはぜひ闘ってもらい、「復旧」「復興」の現実がいかなるものかということを全国に発信して欲しい。協力できることがあれば協力しなければ・・・。