沖縄と国政とG20



 沖縄の知事選で、辺野古への基地移設反対派が当選した。4人の立候補者があり、移設賛成の現職に対して反対派は二人、もう一人は中間派(県民投票を実施)だから、票が変な割れ方をし、駆け引き失敗の結果として現職が当選したら嫌だな、と思っていたので、10万票の差が付いて、文句のない結果となったのはめでたい。同じ日に行われた那覇市長選挙も合わせると、沖縄県民の意思は更に明瞭だ。よその県のことながら、他人事ではいられない。

 実は、基地をどこに作るかについて、地元の同意が必要だというのは、あまりよくないと私は思っている。そんなことをしたら、核廃棄物の中間貯蔵施設や処理場と同じで、誰も引き受けず、押し付け合いになるだけ、最後は金で決着を付けるしかない、ということになると思っているからだ。特に、軍事などというのは、完全な国策であって、県がとやかく言うべき問題ではない。また、軍事施設が日本海側に偏るといったことは、防衛上のやむを得ない問題として存在する。全てが公平に、というわけにはいかない。

 だが、今の沖縄の状況、それに対する政府のやり方については、並々ならぬ反感を持っている。理由は以下のとおりだ。

・沖縄で問題になっているのが、日本軍(自衛隊)ではなく、米軍だということ。

・その米軍は、日本を守るために駐留しているわけではないということ。

・国土の0.6%に過ぎない沖縄に、在日米軍の74%が駐留しているというのは、アンバランスとして常軌を逸している、ということ。

・自然豊かな美しい海を埋め立てようとしてること。

 私の意に反し(笑)、幸いにして、現在の日本は地方の同意が重要な意味を持つ。だとすれば、今回の選挙結果を基に、まずは辺野古への基地建設を阻止し、それによって起こってくるごたごたを通して、日米同盟とか米軍の駐留とか、更には日本の防衛とかいった根源的な問題についての議論を引き出してもらわなければなるまい。断じて、問題を普天間辺野古に限定して考えてはいけない。何事も、現象の末端だけをいじっていたのでは、矛盾が矛盾を生み、ことは面倒になるばかりだ。

 話は変わるようだが、遂に今日、衆議院の解散について首相が発言をした。景気回復を最優先に考えた結果だという。日曜日には、G20で、「世界経済の成長引き上げが最優先の課題」であることが宣言された。

 以前からよく言うことだが、私の頭ではどう考えても経済成長や景気の持続的回復などあり得ないのである。まして、環境問題解決との両立は絶対にない。ところが、国でも世界でも、それが可能なこととして信じられ、前提として機能している。私などよりもよほど頭のいいはずの人たちが集まって話し合いをしているのだから、おそらく、私の側がよほど無理解で、おかしなことを言っているのだろう、とは思う。だが、自分がおかしいということ、自分がなぜおかしいのかということにさえ、今の私は気が付けない。

 世の中は、基本的なところでまったく間違った発想に立ち、まったく間違った方向に暴走しようとしているようにしか見えない。日米同盟や国防といった根源に触れず、基地をどこに置くかという末端で議論をしている沖縄問題も、景気や豊かさとは何か、目前に迫った「環境の壁」をどうするのかといった根源に触れず、消費税をどうするかとか、インフレ率、GDPの上昇目標をどう設定し、そのために何をするかという末端で議論をしている経済問題も、構造としては似たようなものである。

 このメチャクチャな状況に対して、自分は何ができるのか、どうすれば一人の人間としての責任を果たすことになるのか、とはよく考えるけれども、世の中には似たようなことを考えている人がいなものなのかな・・・?