列車の愛称に表れる社会



 3日前に、「客車」というものが日本から消えるということについての、少々グチめいた記事を書いたので、ついでにもう一つ、鉄道について私が心寂しく思っていることについて書いておこう。列車の愛称の問題である。

 戦前は必ずしもそうではなかったようだが、特急や急行には、私が幼少の頃には既に、全て愛称というものが付いていて、一般にはその愛称で呼ばれていた。「富士」「さくら」「はやぶさ」「あさかぜ」「はくつる」「銀河」「新星」「鳥海」・・・。なぜか、今すぐに頭の中に思い浮かぶ愛称には、特急・急行を問わず、夜行列車のものが多い。「ひばり」「しおじ」「くろしお」「おおぞら」といった愛称に比べると、明らかに格調が高い感じがする。漢字のものは、とりわけ格調高く感じられる。一度乗って旅に出てみたいという憧れを感じさせる。

 一方、カタカナの愛称は思い浮かんでこない。とりあえず、手元にある、ちょうど40年前、1974年7月の『時刻表』を見てみると、特急でカタカナの愛称を持つのは「オホーツク」のみ、急行まで捜索範囲を拡大しても、定期列車では、「フェニックス」「ニセコ」「ノサップ」「アルプス」「北アルプス」「リアス」だけである。更に臨時列車まで範囲を拡大しても、「○○ビーチ」3種類と、「エメラルド」という列車(なぜか全て若狭湾界隈)を見出すことが出来るだけである。思い浮かばないのは、そもそもカタカナ名の列車が走っていなかったのだ。カタカナ名の列車についても、定期列車については地名、地形名、植物名であるためか、さほど安っぽさや嫌らしさを感じない。

 ところが、現在は、愛称にカタカナを含む列車がやたら多い。 ちょっと列記してみよう。「サロベツ」は伝統的な(?)地名型なのでいいとして、「ソニック」「ハウステンボス」「にちりんシーガイア」は、少し違和感がある。「スーパーカムイ」のように、「スーパー○○」というのが11種類ある。「ワイドビュー○○」も5種類、加えて、「スーパービュー踊り子」というのがある。「ひたち」は「スーパーひたち」の他に「フレッシュひたち」がある。他に「ホームエクスプレス阿南」「モーニングEXP高松・松山」「ミッドナイトEXP高松・松山」「スワローあかぎ」「サンライズ出雲・瀬戸」「成田エクスプレス」といったものがある。かつての特急「雷鳥」は、なぜか「サンダーバード」になった。

 それは、カタカナの濫用に止まらない。「おはようEXP」「おやすみEXP」「指宿のたまて箱」「はやとの風」・・・。これを臨時列車に拡大すると、もうメチャクチャである。「官兵衛きらめき」「ゆふいんの森」「かにカニはまかぜ」「A列車でいこう」「あそぼーい!」といった具合である。「九州横断特急」というのも、九州の東西を結ぶ特急を勝手にそう呼ぶのはいいとして、愛称として固定するのはいかがかと思う。九州横断特急「○○」、とするのが正しい。

 どうも、ひどく安っぽい。旅情などという奥ゆかしい言葉とは無縁の、チャラチャラしたものばかりを感じる。停車駅の数やスピードの違い、窓が大きく、展望がよいといった車両の特性、といった命名の理由はあるようだが、それをわざわざカタカナで愛称に組み入れる必要があるかどうかは疑問だ。戦前にも、展望車を連結した特急「富士」「櫻」「燕」といった優等列車はあったが、わざわざ「展望富士」、まして「ワイドビュー富士」などとは命名していなかった。その他の、宣伝文句を組み込んだかのような愛称も、見ていてこちらが恥ずかしくなってくるほどだ。

 これらを見ていて思い浮かぶのは、最近の子どもたちの名前だ。「きらきらネーム」と言うらしいが、高校を見ても、保育所を見ても、名票を見ただけではどう読むのかまったく不明、読み方を聞いて、その奇想天外さにあっけにとられる、或いは、文字を見ると平々凡々なのに、読み方を聞いてびっくり仰天、という名前が少なくない。身近な例を挙げるのも差し障りがあったりするので、どこかの新聞で、「光宙」と書いて「ぴかちゅう」と読む名前があると書いてあったのを思い出す、ということだけ書いておこう。多くの人は、これだけでだいたい分かってくれるだろう。

 JRがJRだけで変質するということはない。JRは一私企業なので、それなりの市場調査の結果、こういう愛称にした方が、乗客が増えるという目論みや、命名によって乗客が増えたという実績があってしているのだろう。「きらきらネーム」を喜ぶ感性と、「あそぼーい!」に乗ってみたくなる感性は、非常に親和的だ。

 ということは、こういう愛称を見て、自分が「チャラ男(ちゃらお)」になった気分になりそうだから乗りたくないな、などとげんなりしている私は少数派、嬉しくなって旅行に行こうという気持ちになる人々が多数派ということだ。私にとっては、世の中の軽薄さを象徴することに見えるが、世間から私を見れば、お前のような遊び心のない窮屈な奴がいるから、世の中が面倒になるばかりでよくならないのだ、ということになるのだろう。

 自民党圧勝の予感はますます強い。